【短編】
□髪を切りましょう
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「凶暴です、本屋寄ってって良い?」
「あ、うん。良いけど…時間は大丈夫なの?悠太くん心配するんじゃ…」
「悠太は部活だから平気だよ」
放課後、ちょっと遅めの時間に彼女と並んで帰る。委員会活動があるから先に帰るように言われたけど、一緒に帰りたかったから待ってた。
最近凶暴ですの方に色々と用事があって、一緒にいられる時間なかったし。
横を歩く凶暴ですをチラリと見る。
そういえば…
「凶暴ですさ、髪伸びたよね」
手を伸ばして髪に触れる。少し目を見開いて、それからすぐに笑った。
「そうなのだよ。よく気付いたね」
まぁ凶暴ですのことですから、とポンと頭に手を乗せる。
「切らないの?」
「そうだね…来週末に少しだけ切ろうかな」
「俺が切りましょうか?」
「え!?」
凄い形相で振り向いた凶暴ですに、吹き出しそうになるのを堪えた。
「いや、そんなに驚かなくても。一応経験済みなんですよ」
まぁ、間違ってはない…かな。
「け、経験済みって…誰かの髪切ったことあるの?」
「最近一度だけ、悠太と一緒に春の髪切ってあげた。…で、どうします?」
へぇ、松岡君の、と感心している凶暴ですの顔を覗き込むと、えっと小さく声を洩らしそっぽを向いた。
「え、えーと…その…遠り」
「ん、分かった。じゃあ来週オレの家来て。用意して待ってるから」
「へ!?ちょ、ちょっと何で勝手に!」
「あ、本屋ついたよ」
戸惑う凶暴ですにかまわず手を繋ぐ。一瞬顔が真っ赤になったのが見えた。それが可愛いくて、凶暴ですの抵抗を無視して本屋に入ってからも暫くそのまま手を繋いでた。
そしてついに、凶暴ですの髪を切る日がやって来た。
「いらっしゃい私の愛馬はさん」
「悠太くん。こんにちは」
「あー、祐希だよね?全くあの子は…。呼んでくるから、ちょっと適当に座っててくれる?」
「あ、うん。ありがとう」
ガチャと開いたドアを見ると、悠太がひょっこりと顔を出していた。
あれ、微妙に怒ってる気がするんだけど。
「祐希、私の愛馬はさん来てるよ。何で自分で出てあげるとかしないの。待たせてるんだから早く降りてきなよ」
「あ、もう来たんだ。今から行くよ」
もうある程度の準備は整えたから、あとは凶暴ですが来るまで漫画を…と思った途端に凶暴です来訪の報せ。
下に降りると、飲み物を飲みながらソファに背を預ける凶暴ですの後ろ姿が目に入った。振り返らないところからどうやらまだ俺に気づいてないようだ。
階段を降りて、音をたてないように凶暴ですにゆっくり近づく。 あと1メートル…50センチ…30センチ…。
そして思いっきり凶暴ですに飛びついた。
「わー」
「うあ!?」
びくぅっと体を震わせて後ろを振り向く凶暴です。今日は髪を後ろの高い位置で結んでいるからバサッと顔にあたった。
「ちょ、いたーい。凶暴ですのこれ、地味に凶器になるよ」
「ゆっ、祐希…もうっ、びっくりさせないでよ!心臓止まったかと思った!」
「大丈夫。今凶暴ですはちゃんと生きてるから」
「…ふふっ、まぁそうだね」
一気にジュースを飲み干した凶暴ですを庭に連れ出した。
レジャーシートの上には椅子と、大きめの布、そしてハサミが置いてある。
「ね、本当に切るの?」
「何、嫌なの?今更遅いですよ。さぁ早くこちらへどうぞ…私の愛馬は様」
ちょきちょきとハサミを動かし凶暴ですに来るよう促すと、何故か顔を引きつらせながら庭へ降りて大人しく椅子に座った。
「じゃあ、3センチくらい切ってくだ…」
「お客様、まだ要望は聞いてませんよ。っていうか、俺が勝手に決めますのでご心配なく。では早速」
チョキチョキ
「ちょっと待って!もしかしてもう切ってるの!?」
「あーあんまり動かないで下さい。耳切っちゃいますよ」
まぁ切っちゃったとしても凶暴ですの耳は俺が大切に取っとくから良いけど。 暫くそわそわしていた凶暴ですだったが、諦めたのか今はもう静かに前を向いていた。
チョキチョキ…
「…………」
チョキチョキチョキ
「…………」
「凶暴ですさ、」
「ん?」
「…何でもない」
「??」
また暫く沈黙が続いた。
最近一緒にいられないことから来る、どうしようもない不安。自分だけなんじゃないかっていう恐れ。俺にとっては中々口に出せることじゃないから。でも聞かずにはいられない。何度も言い出そうとしては飲み込んできたこと。
だから俺は、意を決して再び口を開いた。
「…俺のこと、好き?」
言ってしまってから少し後悔した。何故なら、凶暴ですがすぐには答えてくれなかったから。
「…うーん、そうだねぇ、好き…かもしれない」
かもしれないって…
やっぱりはっきり言ってくれないということは、この凶暴ですが好きだっていう気持ちは、俺の独りよがりだったってことなのか。初めて好きになって、初めて付き合いというものをして、出掛けたり勉強したりして楽しいと思っていたのは……俺だけ?
いつの間にか、髪を切る手を下ろし、目の前に座る彼女から目を背けていた。
「違う違う…やっぱり好きというか…愛してる、かな。あ、生意気とか思ってるでしょう?」
うんうん、でも愛してるだよ!そうそう、とコクコクと頷き一人納得している凶暴ですをぎゅっとそのまま抱き締めた。
「あっ、と。どうしたの祐希…そんな当たり前のこと聞いて」
当たり前のこと、か。何だ、疑ってた俺ちょっとバカだったかも。嫌われてたんじゃないと分かって、ただそれだけで、その言葉だけで十分だった。
そんな気持ちをこめて凶暴ですの肩に顔を埋め、抱き締める腕に力を込める。
「い、痛い痛い。祐希痛いよー」
「…嬉しい。そう言ってくれて、嬉しいよ」
「…はは、そっか。じゃあ祐希はどうなの?私のこと好き?」
「好きじゃない」
「えっ!?」
凶暴です が一瞬固まった。
顔を上げて至近距離で凶暴ですを見つめ耳元で囁いた。
「分かってるくせに。…言わせたいの?」
「!!」
「愛してるよ。閉じ込めたいくらい」
ボンッと顔を真っ赤にする凶暴ですに唇を重ねた。
夏特有の爽やかな風が吹き抜けて、中途半端に切られた凶暴ですの髪がゆっくりとなびいた。
「お客様完成しましたー」
どうぞ、と中から鏡を持ってきて凶暴ですに渡す。不思議そうに鏡に映る自分を見て、後ろ髪や前髪をフワフワといじる手つきが可愛かった。
「ふふっ、何か変な感じ。祐希て意外とこんなに切れるんだねぇ…びっくりしたよ」
「意外とは余計です。やれば出来る子なんだから」
ぽんぽんと頭を撫でてやると本当に嬉しそうにする凶暴ですに頬が緩む。
「急に不安な顔であんなこと聞いてきたから何だろうと思ったけど…祐希もそういうこと考えてくれてたんだね。普段クールなだけに全然そんな素振り見せないから…」
何言ってんの凶暴です。
俺はね、凶暴ですと一緒にいるようになってから不安ばっかりなんだよ。初めて味わった感覚…愛情や嫉妬を毎日絶え間なく感じてる。本当は堪えられないくらい余裕なくて、でも周りにそれを悟られたくなくて、一生懸命冷静を保とうとしていた。
「表に出さない分、心は昼ドラみたいにドロドロのグチャグチャかもしれないってことです」
なーにそれ、と笑う凶暴ですの目を見て、俺は告げる。
「あんまりかまってくれないと、どうなるか分からないよ?」
「…うん。ごめんね。じゃあ、お昼、今度混ぜてもらってもいいかな?」
「やだよー要いるじゃん勘弁してよ」
「だっていつも一緒なんだから祐希だけ借りたら悪いでしょ」
「え、そこ気にするところなの?二人で食べたいー」
そして駄々こね作戦終了。
来週からは凶暴ですと一緒に教室でお昼を食べることになった。
おわれ
2012.8.24