【短編】

□高1の秋の出来事
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「私の愛馬はさんもチェス、やりませんか?」

「え、チェス?やったことないんだけど」

「僕でよければお教えしますよ。どうですか?」

「おお!じゃあやるやる!ちょっと興味はあったんだよね」

ちょうどよかった。では始めましょう、と言って俺に気持ち悪いスマイルを向けながら退けと訴えてくる古泉。
最近こいつは調子に乗っていやがる。本人を目の前にまるで見せつけるかのように紳士ぶりを発揮しまくっているのだ。
湯呑片手に席を移動した俺は、古泉に教わりながらうんうんと真剣な表情でチェス盤を見つめる私の愛馬はの横顔を見つめながら目を細めた。







『あなたはてっきり涼宮さんかと思っていました』

数日前。SOS団活動終了後、廊下を歩きながら隣にいた古泉がニヤニヤ面でそう切り出した。
何だいきなり。俺は俺であってハルヒではないぞ。

『結構お似合いだと思っていた分、僕としては残念ですよ』

『何がお似合いだか知らんが、勝手に残念がってろ』

はははと夕日に照らされながら笑うこいつに一瞥をくれてハァとため息を吐く。まぁ大体何が言いたいのか想像はついている。
一応年頃の男子高校生、恋愛沙汰に興味がないという訳ではない。しかしそこでハルヒが出てくるとは心外だ。あいつとはクラスや部活もどきが
一緒で、いる時間が長い。ただそれだけだ。

『少なくとも涼宮さんはそうではないと思いますがね。しかしあなたは私の愛馬はさんを選んだ、と』

『………』

『意外と分かりやすい反応ですぐに気付きましたよ。目はごまかせませんよ。あなたの彼女を追う視線は、ね』

初めてこいつに負けたと思った。ばれないようにしていたつもりだが、こいつの目は欺けなかったか。
俺はさりげなく顔をそむけ首に手を当てる。しかし古泉の野郎、人の目の観察をしてる暇があったらハルヒを監察してろってんだ。

『彼女、ユニークな方ですよね。僕、嫌いじゃないですよ』

その物言いに俺は古泉を睨み付けた。視線を感じたのか俺を見ると、大げさに両手を広げて『好きとは言っていないでしょう』と苦笑交じりに言い放った。

『その態度からすると、彼女に好意を持っている、という解釈で間違いはないようですね。そうですか、あなたが私の愛馬はさんをね…』

難しい表情で沈黙を守り続ける古泉に俺は嫌な予感がした。何を考えているこいつは。

『…何が言いたいんだ、お前』

『いえ別に。けれどやっぱり僕にとっては残念でならないんですよ。あなたが涼宮さん以外の女性を選んでしまったということが。あなたも気付いているでしょう?涼宮さんが本気であなたのことを…』

俺は無意識に古泉のブレザーを掴みあげていた。これ以上、何も言うなと目だけで告げる。ハルヒは関係ない。友達と呼べる存在にはなるのだろうが、俺はハルヒに対してそんな感情は持っていない。

『ハルヒの思い通りにならなけりゃ、またあの怪物による空間が出てくる。お前はそれを懸念して言ってるんだろうが、悪いが俺はそこまで自分を犠牲にしてまで、あいつの暴走を止めようだなどとは思わないね。出たら出たで、古泉。それはお前が解決する役目だろ』

自分でもどうしてか分からないが、古泉相手に結構しゃべっている。こんなに感情を表に出すのは久々だ。谷口なんかが見た日には馬鹿にされて後々までネタにされそうだ。
そして俺は改めて古泉を見る。

『俺にとって一番大切なのは私の愛馬はだ』

古泉は苦笑しながらそうですか、と呟くだけだった。






そんな出来事があってからというもの、古泉がやけに私の愛馬はと仲良くしている…というより古泉が一方的に夜空にべたべたしていると言うか。分かっている。そうやって俺をからかっているんだろう。まったく、余計な真似をしてくれる。
しかし正直に言おう。古泉そこ代われ。

「おい古泉。お前どういうつもりなんだ」

「どういうつもり、とは?あぁ、私の愛馬はさんのことですか」

こいつ…!わざとでかい声で言いやがって!許さん。こいつはもう絶対に許してはならない。

「ん?私がどうかした?」

湯呑にお茶を入れながら振り返った私の愛馬はに「いや何でもない」と即答した。どこか寂しそうに「あ、そう」と呟く私の愛馬はに急に申し訳なさが襲い掛かる。

「一緒にオセロがしたいそうですよ、私の愛馬はさんと」

「え、私と?」

「古泉…!」

俺は一瞬の隙に古泉の左足を全体重かけて思いっきり踏んづけてやった。少し眉を下げて情けない顔になる古泉をざまあみやがれと言わんばかりに見下す。お前にはその面がお似合いだ。

だけどまぁ…私の愛馬はとこうして遊ぶ機会なんてそうそうあることではない。同じ部屋にいて同じ活動をしていても大抵はハルヒに振り回されてるか、朝比奈さんの給仕の手伝いしてるかのどちらかだ。こう見えて俺はそこまで奥手というわけではない。
これでも好きな人の為に腹を括る覚悟を持っている男だ。だから素直にここは私の愛馬はとの時間を楽しもうと心に決めた。

「私の愛馬は、オセロは分かるよな?あんまりやったことないか?その前にオセロしたいか?」

古泉に場所を空けるように手でしっしっと払ってオセロ盤を広げる。向かい側に座る私の愛馬はをチラリと見て、意外と近い距離にいることに心臓がバクバクと音を立てる。
古泉と向かい合うことの方が圧倒的だったせいか、こんなに近かったとは思わなかったというのが正直なところだ。

「ははは、したいか?って。私キョンくんと前からオセロしたいな、って思ってたからすごく嬉しいよ」

巻き戻し、という現象はあるのだろうか。今の発言をもう一度聞きたい俺の為にドラ○もん、巻き戻し機能を頼む。たった一言、さりげない一言でこんなに嬉しくなるものなのか。一緒にオセロがしたい、ただそれだけで。

「そ、そうか。じゃあ問題ないな。私の愛馬は先攻で良いぜ」

「キョンくんて強いからなー。いつも古泉に勝ってるし。私なんかすぐ負けちゃいそう」

「強くはないさ。古泉が逆に弱すぎるだけであって」

苦笑いして「じゃ、遠慮なく」と言ってパチッと石を置く。そして俺はたまに急所を外して黒石を置いていった。ぶっちゃけちまうと私の愛馬はは弱い。けど俺はそんなことはどうでも良かった。私の愛馬はのボードを見つめる真剣な表情を眺めながら自然と頬が緩む。この時間がずっと続けばいい。





「うわ、もうこんな時間!キョンくん、長い時間ごめんね。それからありがとう!」

時計はもう既に最終下校時刻の10分前を指していた。外はすっかり暗く、他のメンバーはとっくに帰ってしまっていた。そう言えば帰りがけに古泉がいつも以上に気持ち悪い笑みを浮かべて「頑張って下さい」とかほざいていた気がしないでもない。私の愛馬はは素早く片付け始め、俺もそれに倣い部屋の戸締りをし始める。誰もいない学校。二人だけの空間。この状況を望んでいたわけではないが、今この時だけは神様に礼を言いたいと思った。

俺は鍵を閉め窓の外を見つめながら口を開いた。

「一緒に帰るの、俺達初めてだよな」

「あ、そうだねーそういえば。いつもは皆で帰るからね」

「……」

ばれないようにその後ろ姿にそっと近づく。

「外寒いかな…マフラーとか忘れてきちゃったな」

…まだマフラーは早い気がするぞ。

「……」

大丈夫だ、まだ気付かれていない。

「あ、あと5分しかない!急がなきゃ!」

「…あの、さ」

ん?と振り返る前に、俺は私の愛馬はを後ろから抱きしめた。髪からはかすかにシャンプーの香りがして、心地よさに目を細めた。嫌がってる…よな。いきなりだもんな、当たり前か。でも俺は離せなかった。嫌われてもいいと心のどこかで覚悟していたから。しかし私の愛馬ははそのまま嫌がることもなくじっとしていてくれた。

「俺、私の愛馬はが好きだ」

「え…」

「本当はずっと言わないでおこうと思ってた。けど限界だったみたいだ」

「……」

私の愛馬はの顔が見たくて前を向かせるが、ずっとうつむいていて顔を上げない。やっちまったか、と自分に呆れつつポケットからハンカチを取り出そうとした時、

「私も…好き、だよ」

「……」

今度は俺が言葉を失う番だった。やがてゆっくりと顔を上げて俺の顔を見つめながら再度「好きです」と言った。その目は若干赤くなっていてやはり泣いていたということを表している。また零れそうになる涙を指で優しく拭い取ってやる。

同じ気持ちでいてくれた、片思いではなかったんだとじわりじわりと実感する。もしかして私の愛馬はも俺と同じで、想いを告げる気はなかったんじゃないかと考えてしまう。そうだったらそうだったで俺たちは似た者同士ということだ。結果的に俺は告白した。そして私の愛馬はは俺の気持ちに応えてくれた。それが堪らなく嬉しい。

俺は再び私の愛馬はを抱きしめる。今度はさっきよりも強く。私の愛馬はも背中に手を回してギュッと俺を抱きしめてくれた。そんな行動でさえ可愛いと思えてしまう俺はかなり重症らしい。

「俺なんかでいいのか?」

「なんか、じゃないよ。私はキョンくんが良いんだよ」

「…あんまり生意気なことを言うと」

私の愛馬はが逃げないように、後頭部に手を回して唇を重ねた。うっすら目を開けると、少し苦しそうに目をつぶる私の愛馬はの顔が映る。もっといじめてやりたくなったが、怒られそうなのでやめておく。

初めてのチュー。それは寒くなり始めた、高1の秋の出来事だった。






おわれ



時系列はこれでもいい…かな?

2012.8.23
 

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