□懐かしい匂い
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彼女が動くたびに、
ふわりと香るこの香りは、一体何の匂いだ?
どこか懐かしい柔らかな香りに、
記憶のずっと奥をくすぐられるようで。
この香りを鼻にくぐらせ、彼女を目で追えば、
何か温かなものが、胸に芽生えてきそうな、そんな不思議な気持ちになる。





気持ちのいい風を頬に受けながらギルドへ来て見れば、
いつもすぐに駆け寄ってくる姿が見えない。

「ミラちゃん、ジュビアは来てねえのか?」
「あら、グレイおはよう。朝からジュビアが居ないのが気になる?」
「気になるって程じゃねえんだけど・・・」

何やら含んでいそうな眼で、にっこりと笑うミラに、グレイは何となく顔をそむける。

「ジュビアならさっき・・・」
「ミラさん、一回目終わりましたけど、次も・・・って、グレイ様!?」
「おう。おはよ。朝から何してんだ?」

カウンターの奥から、大きなかごを持ち、腕まくりをした姿で出てきたジュビア。

「えと、お洗濯物をちょっと・・・」
「?」
「ギルドで出た洗い物の事よ。今日ちょっと朝から忙しくて出来なかったら、ジュビアが手伝ってくれたの」
「あ、それでミラさん、一応終わりましたけど、次も干してしまって構いませんか?」
「ええ、じゃあお願いしてもいい?」
「はい!今日は良い天気ですから、すぐ乾きそうですよ」

女子二人の会話に入って行けず、グレイはその様子をじっと見ていたが、
ジュビアがまた動き出したのを見て、グレイもつられて席を立った。

ポケットに手を突っ込みながら、ジュビアの後ろを歩くと、
ふわりふわりと、普段のジュビアからはしない、柔らかな香りが漂ってきた。

なんの匂いだ?
嗅いだ事は無いはずなのに、グレイはどこか懐かしさを感じる。
ジュビアの髪?服?体?
思い当たる場所を目で追いながら記憶を探るが、心当たりがない。

そうこうしていると、ランドリールームから洗濯物をかごに詰めたジュビアが戻ってきて、
一緒にギルドの裏口をくぐった。

バサバサバサ!

突然、目の前が真っ白に覆われた。
青空のもとはためく、それは外に干された白いシーツだった。

ほんわかと、温かな日差しが降り、
草の香りを含んだ風が過ぎ去って行く。
普段は、グレイがそばに居れば、何か話したくてしょうがない風なジュビアが、
今洗いあがったばかりのタオルや服を、黙々と物干しに掛けていく。

そうか・・・
この匂いは、洗濯物の匂いか。

すとんと、答えが胸に落ちたところで、グレイは、壁に積まれたレンガに腰かけた。

温かな日差しと、青い空。心地よい風。
そして、辺りに広がる、洗濯物の香り。

気が抜けるとも、癒しとも少し違う感覚に、
グレイは、まだウルやリオンと一緒に生活していた頃を思い出した。

こんな風に庭で洗濯物を干すウルの後ろで、
特に何か話すわけでもなく、何か気になる事があるわけでもなく、
ただずっとウルのことを目で追っていた、幼かった自分。

そんな思い出と重なる目の前の光景に、グレイの胸はほぐれていく。

今は一人暮らしで、誰かが家事をしている姿は、中々目にする事はないけれど、
いつかこれが、当たり前の日常になる日が来るんだろうか。

懐かしさとは別の、そんなことを考えずにはいられない、とある晴れた日の朝。

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