□解き放たれる夢
1ページ/1ページ

仕事を終えたジュビアがギルドへ戻ると、入り口の前ですでに強烈な酒臭さに襲われた。
恐る恐る中へ入ると、案の定、中は酒池肉林・・・とまではいかないが、
そこかしこに酒びんや酒樽と、間を埋めるようにその場で眠ってしまった酔っ払いが、床・テーブルお構いなしに転がっていた。
誰一人として起きている者は無く、「う〜ん・・う〜ん・・」といううめき声や、大きないびきが聞こえ、
そういえば今日は、ミラとエルザがギルドに居なかったのを思い出し、
きっとカナの悪酔いから始まり、皆ハメを外し過ぎたのだろうと思った。
誤って誰かの体の一部を踏まないように、気を付けて奥へ行くと、
テーブルと壁の間の狭いスペースに、見覚えのある黒髪が目に入った。

「グレイ様?!!」

驚いて近づくと、いつも通り上半身裸のグレイは寝息を立てて、気持ち良さそうに眠っていた。
何か良い夢でも見ているのだろうか。
心無しか、嬉しそうにニヤけている風にも見える。

飲み過ぎて、意識を無くしているわけではないなら、と、ジュビアは安心したが、
こんなところで寝れば、風邪をひくかもしれないと、起こすことにした。
床に伸びていたグレイを壁に持たれかけさせ、横に膝をつくと、とりあえず名前を呼んでみた。
けれど相当酒がまわっているようで、グレイは何の反応もしない。
試しに、酔って赤くなった頬を、つんつんと指で押してみても、
逆立つ黒髪をすいてみても、起きるどころか身じろぎもせず、
さすがのジュビアも少し困ってしまう。

「これ以上どうしましょう。グレイ様全然起きて下さらないし・・・。」

酔っ払いを起こすのは、普通の人間でも至難の業なのに、
自分の目の前に居るのは、自分の大好きな人。
乱暴に起こす事なんて、ジュビアには出来なかった。
そう、何をしても起きない、自分の好きな・・・

「!」

ジュビアの頭の中は一気にクリアになった。
起きないなら、逆にこの状況を楽しんでしまえばいいんだ。
起きている時には、絶対に出来ない様なことを、グレイが寝ているうちに、
こっそりしてしまおう!
ジュビアの頭の中は一気に暴走モードに変換された。
だが同時に寝込みを襲う様で、ジュビアは少し罪悪感も湧いた。
けれど普段あっさり、いや、どちらかというと冷たくあしらわれているんだし、
これ位罰は当たらないはず。と、適当な理由を付けて自分を納得させた。

体をグレイに近づけると、無造作に置かれたグレイの手に膝が当たった。
骨ばった指に、自分より大きな手のひら。
それをそっと持ちあげ、グレイの体に乗せながら、ジュビアは、
この手が優しさを含んで、自分の手と重なったら、どんな気持ちだろうと、考える。

そして、視線を上に戻すと、グレイの胸のギルドマークが目に入った。
ジュビアは、それをそっとでなでて、手を添えてみる。
普段触れる事の無い温かな肌の下から、心臓が脈打つのが伝わってくる。
ドクン。ドクン。
これが自分の為に早鳴ってくれる時は来るんだろうか。
自分の鼓動は、いつだってグレイの為に高鳴るのに。
自分の全てを捧げたい位、この人を思っているのに。

ジュビアは、そっと寝息を立てるその唇に触れてみた。
柔らかいけれど、押し返す様な弾力。
ここから紡がれるのは、いつもそっけない言葉ばかりで。
どれだけ望んでも、何かの罰ゲームやこんな時ぐらいしか触れる事は出来ないだろう。
そんな切ない思いが、体を駆け巡る。
その厚みに沿って、なぞっては離しを繰り返し、
最後はぼんやりとその指を、自分のそれに当ててみた。
なんの反応も返ってこず、まして気持ちの入っていない行為は、寂しさを増すだけだった。

「はあ・・・虚しい・・・」

思わず呟くと、ジュビアは体を離そうとした。

「触んなら、もっとちゃんと触れよ」
「えっっ??!!!きゃっ」

前触れ無く口を開いたグレイは、壁から体を起こし、体を支えていたジュビアの手を引くと、
バランスを崩し倒れこんだ彼女の上に体を乗せ、組み敷くような体勢になった。

「ぐぐぐ、グレイ様っ、これは、あのっ!!!」

ジュビアは、グレイが起きていたことにも驚いたが、
それよりも今の状況が信じられず、それはもう心臓が飛び出るくらいの勢いでビックリしした。
グレイはと言えば酒の余韻がまだ残る顔つきを覗けば、特にうろたえる様子も見せず、
ジュビアをじっと見つめている。
ジュビアは必死に体を起こそうと抵抗しようとするが、
グレイに抑えられた下半身に体重が掛るため、思うようにいかない。

「えっ!ちょっ!ぐぐぐ、グレイ様?!!!」
「なんだよ。お前今日は珍しくいやがんだな。」
「珍しく?!何を言ってるんですかグレイ様っ!ジュビアこんな状況初めてですけど!///」
「夢ん中位、いつもしてるように、俺を素直にさせろよ。」
「え・・・?」

その言葉に、ジュビアは抵抗していた力が緩まる。
いつもってどういうこと?
グレイはこれを、今まで見ていた夢の続きだと思っていて、
そして、そのグレイの夢の中では、自分とグレイは、こんな場面は当たり前で、
自分はグレイに・・・。

やけに冷静さを感じさせる態度と熱の籠ったグレイの瞳の理由を知り、
ジュビアは、散らばった髪の一本一本から、床の冷たさを感じている様な、
隅々まで研ぎ澄まされた感覚に襲われる。
互いの息遣いが、やけに大きく聞こえ、ゆっくりと近づいてくるグレイの顔に
期待と不安が入り混じり、ジュビアはぎゅっと固く目を閉じた。

「・・・っ!」

ドサッ。

「??」

温かな吐息と、規則的な呼吸音が耳の近くから聞こえ、ゆっくりと目を開け、顔を向けると
酔い潰れ、酒に負けたグレイが、覆いかぶさるように体をジュビアに預けたまま眠りに落ちていた。

「グレイ様・・・?」

今度こそゆすっても本当に起きそうにないグレイに、ジュビアは少し残念な気がしたけれど、同時にどこかホッとした。
酔って寝ぼけていた行動とは言え、明日どんな顔をしてグレイに会えばいいのだろう。
こんな場面を誰かに見られたら、それこそ気が動転してしまうと分かっているのに、
グレイが口にした夢の内容が気になり、
心地いい緊張を強いるこの体の重みに、ジュビアは身を任せてしまいそうになった。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ