文
□少し距離が近づく寒い日
1ページ/1ページ
「あ!ギルドに忘れ物した!」
その日は朝から雨で、ギルドへ依頼終了の報告を入れる頃には
雨というよりみぞれに変わる様な寒い日で。
なのに別の事に気を取られたために、ギルドに荷物を忘れてしまった。
その別の理由と言うのも…
「大丈夫ですかグレイ様?それなら今から戻りましょう」
そう、隣の水色の髪の彼女。
自分一人だけなら、寒さなど逆に気持ちいい位だが、彼女はそういうわけにはいかないだろう。
そんなことを気遣ったら、余計に面倒を犯してしまったのだけど。
俺は上着のポケットから鍵を取りだすと、ジュビアに差しだした。
「いや、寒いからお前は先行ってろよ。ほら、これ部屋のカギ。何でも好きに使っていいから」
だが、「自分も一緒に行く」と、カギを受け取ろうとしないジュビアに
俺は無理やり鍵を渡すと、「後ろからコッソリついてくんなよ」と釘を刺し
ギルドへ戻った。
一方、渋々部屋に来たジュビア。
もう何度か、この部屋には来た事があるのに、
一人きりで部屋に上がるのは初めてで。
落ち着かない様子でキョロキョロと部屋を見渡すと、
窓に映る自分が目に入った。
見れば、先ほどまで仕事をしていたせいで、顔も髪もホコリや泥だらけ。
おまけに雨に濡れたせいで足はびしょびしょ。
「ジュビア女の子なのに、こんな姿をグレイ様の前で晒していたなんて、恥ずかしいです…。お風呂に入りたい…。」
そんな時、ふと先ほどのグレイの言葉が頭をよぎる。
『何でも好きに使っていいから』
けれどさすがに、お風呂を借りるなんて厚かましすぎる。
そうも思ったが、このままの姿では部屋も汚してしまうだろうし、
風邪を引いて、それがグレイに移れば、余計迷惑がかかるかもしれない。
「それならお言葉に甘えて、お風呂を使わせていただきましょう。グレイ様もまだ帰ってこないですし、ジュビアは水の魔導師ですから、水をお湯にして湯船にためるのも、すぐできますしね」
ジュビアは足早にバスルームへ行くと、服を脱ぎ捨てた。
準備した浴槽に浸かると、仕事で疲れ、冷えた体がじんわりと温まる。
「は〜、気持ちいいです〜」
それで緊張がほどけたのか、ジュビアはぶくぶくと水面に沈むと
水で出来た自分の身体をお湯に溶かし、見えなくなってしまった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ただいま…って、ジュビア居ないのか?」
急いでギルドから帰ったのに、部屋にジュビアの姿がない。
「寒いから先に行ってろって言ったのに。買い物かなんかしてんのか?」
それならそれで待ってる間に、この雨でぬれた足だけでも流してしまいたい。
俺は、ズボンの裾をまくり上げ、ついでに濡れたシャツも脱ぐと、
脱衣所も確認せずバスルームに入った。
「あれ?俺風呂の水抜かなかったっけ?つかなんで、湯気が立って…」
そう思った瞬間だった。
ザパァっ!!!と湯船に溜まったお湯が人型に盛り上がった。
「ジュビア!?」
「きゃぁぁぁ!!!グレイ様、なんで!!?」
「なんでじゃねえよ!!!お前が居ないと思って、足もグショグショだし洗っちまおうと思ったんだよ!!つーか居るなら居るって言えよ!」
思いがけない事態に俺もテンパっていたが、ジュビアの方がパニック状態。
「すすす、スイマセン、ジュビア今すぐ出ますからっ!」
って、いやいやいや!!!
「ちょっ!待てって―!!!」
そのまま湯船から出ようとするジュビアを、俺は慌てて制止したが、時すでに遅し。
勢いよく立ちあがったジュビアは足を滑らせ、
それを受け止めようとした俺と重なるように、浴室の床に倒れこんだ。
ジュビアの叫び声と共に、浴室に響く、硬く鈍い音。
同時に、後頭部に走る衝撃…。
頭を床に打ち付けたらしい俺。
かすかに覚えているのは、
全身にかかるジュビアの重みと、素肌の胸の上に広がる柔らかな感触。
そのまま、白く狭まって行く視界に飲まれるなかで、俺は
どうか理性と冷静さを保てるくらいの状況になるまで、この目が覚めませんようにと願った。