◆頂いた作品◆

□甘くとかして
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『あなたは誰に?』


2月14日朝5:00。
まだ薄暗い時間だというのに、マグノリアの或る建物からは楽しそうな笑い声が聞こえた。

「えーっとぉ……?取り敢えず固めれば良いのよね?」
「えぇ、それで良いわよ♪」
「ねぇ…何入れれば良いと思う?」
「そうですねぇ……食器、とか…でしょうか?」
「わー!!エルザエルザ!焦げてるよ!!」
「え?うわわっ!いつの間に!?」
「いいから早く火ぃ消しなさいよ!!変なところどんくさいわね!!」

ガタガタと色々な音が重なって、軽く騒音と化しているこの場所――妖精の尻尾女子寮『フェアリーヒルズ』の調理場に、パステルカラーのバンダナをした少女達が慌ただしく動いていた。

「食器って…え、刺すの?」
「いや…小さくするのなら手伝いますが……レビィさん、魔法で出せたりしないんですか?」

眉間にシワを寄せて真剣にフォークを見つめている小柄な少女―レビィに、これまた真剣に悩んでいるアクアブルーの少女―ジュビア。
二人の間には溶かしたばかりのチョコレートがあった。

「そっか!『IRON』使えばいいんだ!!ありがとうジュビアっ」
「いいえ。頑張って下さいねレビィさん」

パッと花が咲くように顔を綻ばせたレビィが、ボウルに入ったチョコレートを持って小さなテーブルへと駆けていく。
そして空に、小さく『IRON』と書く彼女に、ジュビアはクスッと微笑んだ。

「ジュビア〜、これの隣、いい〜?」
「あぁ、構いませんよ」

開けられた冷蔵庫の扉の向こうに揺れるブロンドが見えたジュビアは、了承の意を伝えながら冷蔵庫に近寄る。
冷気が甘い匂いに浮かされたジュビアの肌を優しく冷やした。

「ルーシィ、出来そうですか?」
「うん、取り敢えずね。食べられればいいでしょあいつらは」

少し不貞腐れたように唇を尖らせる彼女―ルーシィは、丸めたチョコレートを乗せたトレイを、冷蔵庫の棚に置いた。
憎まれ口を叩きながらも、トレイの上の綺麗に形作られたチョコレートに彼女の優しさと期待を感じたジュビアは、つい口角を上げた。

「てか、ジュビア作んないの?」
「ジュビアはもう出来てますから」
「えぇ〜!?言い出しっぺのくせに!!」

パタ、と冷蔵庫の扉を閉めながら言ったルーシィに、ジュビアはからかうように笑い返す。
そう、こんな早朝から皆で集まってお菓子作りをしているのは、ジュビアの発言が起因だった。

「ジュビアが『当日に作った方が想いが残ってそう』って言ったからこうなったのよね、確か」

クスクスとミラが可笑しそうに笑う。その手にはチョコレートが焦げ付いてしまった鍋。

「言った本人が作り置きとはどういうことだ」

失敗の申し訳無さからか、恥ずかしさからか、ただ単に失敗が気に食わなかったからか。
エルザが不機嫌そうに言った。
ちなみに彼女は新しい鍋をもらい、今度はそこに熱湯を入れ、その中にボウルを入れて溶かす、という湯煎作業をしている。

「作り置きじゃありませんよ。3時に起きて作ったんです」
「「「「3時!?」」」」
「あらあら、流石ジュビアね♪」
「そこ感心するとこ?ミラ姉」

当然のように言い放ったジュビアの一言に、ストラウス姉妹以外が驚愕の声を上げる。
ジュビアは、今度は固まっちゃいますよ?とエルザの鍋の火を止めた。

「スゴいわね…あんた……」
「エバーグリーンさん、言葉と表情が合ってません」

感心した言葉なのに、その顔は呆れ返っていて。
ジュビアはムッと眉間にシワを寄せた。

「それより皆さん、早く作らなくていいんですか?6時になっちゃいますよ?」
「わっ!いけない!!」

ジュビアとミラを除いた全員が一気に動き出す。
ミラはゆったりと調理器具を洗う仕事に戻り、ジュビアはふぅ、とため息を一つ吐いて、静かに調理場から出た。
途端に、纏わり付いていた甘い匂いが薄れる。
ずっと立ちっぱなしだった脚を休める為に、ジュビアは近場の椅子に腰掛けた。

「はい」
「え、?」

いつの間にか強張っていたらしい体から息と共に力を抜いた瞬間、スッとジュビアの視界にティーカップが入った。丁寧にソーサーに乗せられている。
驚いて彼女が少し見上げてみれば、7年前のように、縛らずに流したままの緑色の髪を揺らす女性が立っていた。

「ビスカさん…」
「ほら、朝から疲れたでしょう?自分のバレンタインの為でもあるけど……みんながキッチン使えるように早く起きて頑張っていたものね」

お疲れ様、と暖かく微笑むビスカは大人っぽく優しい美しさを持っていた。
7年経てばジュビアもこんな風になれるかしら?なんて、頭に浮かんだ憧れに気恥ずかしくなって、頬を薄く染めながら、ジュビアはカップを受け取った。
カップからはホワホワと湯気が立ち上っていて、紅茶の香りが鼻を擽る。いつも飲んでいるそれと同じ香りに、ジュビアは愛しそうに目を伏せた。

「アールグレイであってたわよね?」
「はい、ありがとうございます」

御礼を言ってから、ジュビアはゆっくりと紅茶を喉に通した。体に入って、じん、と広がるような感覚に、ほぅ、と息を吐く。
カチャリと膝の上のソーサーにカップを置くと、そういえば、とジュビアが顔を上げた。

「ビスカさん、どうしてジュビアが朝から作ってるって……」
「ふふ、ごめんなさい。昨日あなたがうたた寝していた時に、メモ帳の中が見えちゃったのよ」

張り切って最初からエンジンかけすぎよ?
そうクスクス笑うビスカに、勝手に見ないで下さいよ、とジュビアは憎まれ口を叩いた。
ビスカは可笑しそうに笑いながらもう一度ジュビアに謝ると、髪を靡かせながら柔らかく笑った。

「私は先にギルドに行ってるわ。頑張ってね」
「はい……あっ、紅茶ありがとうございました!」

ジュビアがペコリと頭を下げれば、気にしないで、と言いながらビスカが部屋から出ていった。
その後ろ姿に『大人』を感じて、出そうになるため息を飲み込むように、暖かな紅茶をもう一度飲んだ。
そこでふと、彼女のパートナーの顔が思い浮かぶ。

(そういえば……ビスカさんはあげないんでしょうか?)
「ジュビアー!みんな本命出来たから、メンバーの分を作るわよ〜!」
「あっ、はい!今行きます!!」

ジュビアの中に生まれた小さな疑問は、ミラからの呼び出しに押し込まれた。
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