めいん

□懐かしのプレゼント
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「美咲、明後日の午後、空いてるか?」

 そう問うたのは秋彦だった。
 美咲は「うーん」と唸りながらカレンダーを見やると、明後日の日付は8月18日。

「あー・・・そっかー」

 すっかり忘れてしまっていたが、その日は美咲の誕生日だ。
 きっと秋彦は何かしらの祝いをしてくれるのだろう。

 その日の授業は午前のみ、バイトも休みだったはず。急な用事さえ無ければ、午後からはフリーだ。

「うん、多分大丈夫だよ」
「そうか、じゃあ・・・」

 美咲の返事を聞いて、秋彦はローテーブルの上のパソコンを見つめ始めた。
 何をしているのだろうかと、美咲は洗い物を終えて濡れている手を拭きながら近づいた。

 パソコンを覗くと、液晶には一般人がふらっと立ち寄ることのできないような高級料理店の名前が並んでいた。
 驚いている美咲に対し、秋彦は優しげな笑みで、

「洋食と和食、どっちが食べたい?」
「え?うーん・・・」

 ご馳走してくれるのは嬉しいが、明らかに高そうなものは遠慮したい。高いものにしないで、普通で構わないと云ったとしても、秋彦はこれが普通だと思っている。
 確かに、誕生日祝いに食事に行くのは普通だが、値段の問題だ。
 とはいえ、断ることはできない。

「じ、じゃあ・・・和食!お寿司とか食べたいかなー」
「わかった、探してみる」

 寿司ならば、食べ慣れたものだし、本音はマナーとか難しいものとかがわからなくてもなんとかなりそうだからだ。
 そう安易な考えを持って答えた美咲は、明後日どこに行くことになっても困らないよう、準備をしようと決めた。











翌日。

 授業はこれで最後、終わったら直ぐに家に帰る・・・はずだった。
 終了の言葉とほぼ同時にマナーモードにしていた携帯が振動した。

 電話を掛けてきたのは高校の頃からの友人だった。
 教室から出てから、応答する。

「もしもし?」
「高橋!聞いてくれよ!」
「な、なんだよ・・・」

 繋がった途端、興奮した大声が美咲の鼓膜を振動させた。思わず携帯から耳を遠ざけるが、それでも彼の声は聞こえてきた。
 明日が遠足ではしゃいでいる子供のような様子の彼に、美咲はよほどいいことがあったのだな、と微笑する。

「あのな!俺なっ」
「一回落ち着けよ。ちゃんと聞くからさ」

 彼は、そうだな、と深呼吸をする。数秒待った後、要件を伝えた。

「―――えぇ?!」










「・・・ってことなんだけど・・・」
「そうか・・・」

 家に帰り、学校であったことを話す。
 秋彦はいつものポーカーフェイスで話を聴き終えた。

「ご、ごめんなさい・・・」
「仕方がないだろう。大事な友人だろ?無下にはできないだろう」
「う、うん・・・」

 彼からの要件は、『結婚式をするから、披露宴に参加しないか』という誘いだった。
 披露宴に参加する事はいいのだが、式は明日だと云われ、準備も何も出来ていない。どうやら美咲に伝え忘れていたようだ。
 それよりも、明日、18日は美咲の誕生日であり、何より秋彦が予約してくれている店をキャンセルしなければならなくなったということだ。

「そ、その・・・」
「終わったら直ぐ帰ってくるか?」
「え?」

 何か云わなければ、と思っていると、秋彦から話をふってきた。
 竜胆紫の瞳が、美咲を射抜く。思わずドキリとしてしまった。
 「な、なに?」と動揺を隠せないまま訊く。「真っ直ぐ帰る予定だったけど・・・」

「美咲の誕生日、やっぱり当日に祝いたい。疲れているかもしれないが、少しだけでもいいから一緒に祝わせてくれないか?」
「あ、秋彦さん・・・」

 年に一度の恋人の誕生日を一緒に祝いたいという秋彦の気持ちが、美咲の心に響く。そんなに真剣に考えてくれているだなんて。胸が熱くなった。
 美咲は少々俯いた。赤くなった顔を見られないように。

「あ・・・ありがと・・・」






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