めいん

□あめのひ
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『あめ・あめ、フレ・フレ、もっとふれー!』

『あら、なんで降って欲しいの?』

『だってね、あめがふったら、ママにかさをとどけにいけるんだよ?
 ママとはやくあえるんだよ!』

『ふふ、そうね。いつもありがとう』

『えへへーっママ大好き!』

『ママも大好きよ』


















 パラパラと降る雨の中、親子の話し声が聞こえた。
 ほのぼのとした、幸せそうな声。

 それを独り、見守る少年がいた。

 少年はその親子とは何の関係でもないが、幸せそうな二人を見て、自分も幸せそうな顔をしていた。

―――もしも、あの日がなければ、あんなふうに暮らしていたのかな。

 少年は考える。
 自分に、今でも両親がいれば、どんな生活を送っていただろうか。
 平凡で幸せな生活だったかもしれない。

早く帰ってきて欲しい。

 そう、自分が云わなければ、未来は変わっていたのかもしれない。

 いつの間にか、親子は彼の視界から消えていた。
 少年はそれに気づくと、とぼとぼと俯き加減で歩き始めた。





―――もし、早く帰ってきて欲しいと云わなかったら。

―――もし、雨が降っていなかったら。





雨は好きじゃない。

むしろ嫌いかもしれない。


(早く・・・止まないかなぁ)

 空を見上げて、雨粒を見つめる。
 顔に当たった水滴が、頬を伝う。





「美咲」



 前方から声が聞こえた。
 瞳を空からその人物へと向ける。

 サラリと流れる灰色の髪に、雨粒が付いて、キラキラと輝いている。
 美しさの集合体ではないかと思わせる完璧なその人物は、何故か傘を持っていなかった。

「どうしたの、傘は?」

 思わずドキリとしたことは隠し、質問する。
 すると彼はふわり、と誰も見たことのない優しい笑顔を見せた。
 否、美咲にしか見せたことのない微笑みをした。

「迎えに来た。」
「何で?もうすぐ家だし、それに―――」

 頭上に疑問符を浮かべながら小首を傾げる少年の手を、彼は優しく握る。

「お前、雨嫌いだろう?」
「え?」

 彼に、そんな話はしていないはずだ。
 そもそも自分ですら嫌いかどうかはっきりと分かっていないのだ。

 何故彼は、そう思ったのか。
 それはきっと、あの日を知っているから。

「帰ろう。一緒に」
「う、ん・・・」

 彼は繋いだ手を離さず、少年の隣へ立つ。

「入れて。濡れる」
「もう十分じゃん。ていうかそれが目的だったんじゃないの?」
「絶対に無いとは云い切れないな」
「おいこら」

 元々冷たい彼の手が、雨に濡れてか、いつもより冷たく感じた。

 冷たい筈なのに、何故か暖かく感じる。
 それはきっと、内面が暖かいのだろう。
 ・・・なんて、臭い台詞を考え、心の中で笑う。

 彼が、手をきゅっと強く握った。

「雨の日は、迎えに行ってやるから。絶対に」
「いいよ、別に一人で帰れるし」
「俺がやりたいって云っているんだ。素直に受け取りなさい」
「・・・どうせテレビとかで『傘もってお迎え』とかの見てやりたくなっただけだろ」
「へぇ、そんなのがあるのか。今度チェックしておこうか」
「見なくていいっ」

 何故だろう、先程まで胸のどこかにあったモヤモヤが晴れた気がする。
 雨はまだ降っているけれど、心の中は晴れになったようだ。

「・・・マジでするつもりなの?」
「もちろんだ。なんなら添い寝も付けてやっていいが」
「お断りします!」
「まぁ、そのうち「雷怖いから一緒に寝て」とか云いに来るんだろう」
「そんなにガキじゃねーよ!ったく・・・」





もし、早く帰ってきて欲しいと云わなかったら?

 きっと、いつも通りに安全運転をしていたと思う。

もし、雨が降っていなかったら?

 きっと、スリップ事故なんて怒らなかったと思う。


 でもね、

 不謹慎かもしれないけど

 雨が降って、事故が起きて

 兄が大学を諦めて

 自分がその大学に行こうと決意して

 貴方に家庭教師を頼んだから、

今の自分がいるんだよ。


 もし、あの日がばければ、二人は恋に落なかったかもしれない。

 もし、あの日がなければ、二人は出会わなかったかもしれない。


 過去がどんなに辛く苦しいものだったとしても、

それが全部、貴方と共に居るこの世界への道だとしたら、

 この運命は、この人生は、

 すべて幸せと思えるんじゃないかな?








あめ・あめ・、フレ・フレ、もっとふれ。

だって、雨の日は、あなたが迎えに来てくれるんでしょう?



(雨、悪くないかもね)


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