短編

□ある嘘つきの結論
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『カノには悲恋が似合いそうだよね』

ふと今読んでいた雑誌から視線をカノに移して言葉を紡いだ。

向かいのソファーで雑誌を読むカノが顔を上げずに答える。

「えー?そうかなあ?」

カノは笑顔でそう言っているが実際笑顔かどうかなんてわからない。

「まぁでも案外あたってるかもね」

悲恋が似合う、なんてさ。

何となくつぶやいているカノを見て雑誌に視線を戻し、暫し考えを深める。


元よりカノが嘘をつくのが上手だったのは知っていた。

知っていただけであって見分けるにはたくさんの考察を重ねることが必要な時が多数なので騙されたままでいることが多い。

面倒だから。

考察を重ねるだなんて面倒でたまらない。

ずっと嘘をついているのであればまだ少し考えるにあたって楽なのに、ときたま本音を言うだなんてとても面倒だ。

しかしずっと嘘をついていたならそれはそれで面倒だと思っていただろう。

まあ結局のところ面倒だと思ってしまうのだ。


なんとなく、ああ嘘つかれてる、欺かれていると感じた時はその事実だけ受け止め、そのまま素通りする。

気づかない場合はもちろん素通りすることとなる。

と、いうようにしてきたのだが最近よく考えるのだ。

前文と次の文は特につながってないので日本語の使い方を間違えているが続けよう。

カノはルックスはいいほうだ。

性格も欺いていた状態ではままあ悪くはないだろう。

そしてそんなカノに彼女ができたとしよう。

彼女はカノの嘘に気付くか否か、どちらにしようが片一方、もしくは両方が幸せだと感じることができない気がするのだ。

こんなことあるかわからないが、彼女が欺かれていることを知ったなら、そんな感情があるのか知らないが、カノが欺いたとき罪悪感を抱いたなら、いや別にどんな場合なんて確定しなくても、結論、その二人が幸せになるなんてありえない。

片方が嘘つきならばという仮定にはどちらか片方は必ず心の底からは幸せになれないという結論が似合うといい。

私の向かいにいるカノは、カノの向かいにいる私は、

「『似合う、似合わないの前に君との恋がまず悲恋だったね』」

なんて言い合った。

カノはいつも通りニコニコとした笑顔を見せている。

多分私も微笑むぐらいはしていると思う。


カノに悲恋が似合いそうだなんてそんなのもう知っていることであって、カノとほとんど同類である私にも悲恋が似合いそうだなんてもう知っていることで。

嘘つきが面倒なんて思うのは、自分もそうであるからであって。

今更こんなことを考えたのは、まだカノに未練があったりしていたからで、カノもそうだったらいいのになだなんて馬鹿げたことをかんがえてしまったからであって。


トンと雑誌を閉じてソファーから立ち上がる。

自室へ行って外に行く準備をする。

ちょっとした外出にしては釣り合わないものを少し大きめの鞄に入れる。

嘘つきに甘い恋は似合わない。

性分だから仕方ない。

それが二人の心にあるのをどちらも知りつつ、恋をして、付き合って、別れて、今に至っている。

表向き、もう未練はないし別れられてよかったとしているが、

実際問題、未練があるし、どうにか一緒にいられなかったのかと考えている部分もある。

どうしても希望的観測を持っていろいろ考えてしまう。

別に両方が嘘つきでも、結果が悲恋だとは限らないと。

そんな考えから、いや考えを煮詰めることから逃れるように外へと向かう。

ドアの前でくるりと振り返りカノに言う。

『プチ家出してくるよ。外出中のみんなに、よろしく伝えておいて』

雑誌から顔を上げることは無かったが受け答えはしてくれた。

ほとんど同類であるカノはもう勘付いたかもしれない。

「そっか。いってらっしゃい」

だって今までプチ家出をするときは誰にも何も言わずに出て行ってたのだから。


アジトに帰ってきてからプチ家出してきたと言ってはよくキドに怒られていた。

それをなだめる団員たちから離れたところにカノはいた。

たぶん似た者同士だからなんとなくわかるところもあるのだろう。

その優しさがありがたかった。


両方が嘘つきならばという仮定には悲恋しか似合わないという結論があったなら、もう少し割り切っていたのかもしれない。

しかしその仮定と結論の対は存在しない。

アジトから出て駅へと向かう。

キドたちが出かけている場所、セトがバイトしているところ、如月の家、学校を避けて避けて歩いていく。

私を確定できる人物の目に映らないように気を付けて歩いていく。

今後生活するにあたって必要最低限のものを持ち、部屋は私がいつも通りのプチ家出の時の状態にしておいた。

しばらくはあれで皆を誤魔化せるだろう。

いつものプチ家出と違うと思った時にはもう遅い。

私の消息を辿ることは不可能になっているはずだ。


私は逃げることにした。

カノから逃げて未練をなくしてしまおうという浅はかな考えを実行することにした。

もちろんそんなことでなくなるとは思っていないが、嘘つきな私も嘘つきな彼も、もしかしたらそのまま繰り返されるかもしれない悲恋を味わうことはなくなるだろう。

できる限り不安分子を取り除いて。

駅から消えれば後は時間が幻想と化してくれるのでしょう。

私との思い出も、私と交わした会話も、私の顔も、私の容姿も、私の声も、私の思いも、私の性格も、その他諸々、私の存在をも。

私の部屋をあのままにしていたら時折思い出すことになるかもしれないが私の存在をも、だ。


幻想と化してしまえばあとは大丈夫。

私が忘れ去られてしまえばあとはもう大丈夫。


逃げた先でも嘘はつく。

性分だから仕方ない。

そこで何かあったとしてもうここには戻らない。


だから最後に何か言っていこう。

誰も私の言葉を聞いていない。

本音を話すのにちょうどいい現状に甘えて言葉を紡ぐ。


君等と入れて本当によかった。いろいろと感謝してる。

そしてカノ。いつも優しい君が大好きだよ。


最後の本音を誰も、特にカノが受け取らないでいてくれてありがとう。

私の本音を受け取った人が紡いだ言葉にきっと甘えてしまうから。

好きな人からの言葉なら間違いなく甘えてしまうから。






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