二度目の人生シリーズ

□第四部 対トリステイン戦争
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 ツェルプストー辺境伯領へと侵攻したトリステイン王国軍は、傭兵を中心に編成された一万二千名の王軍を中核に、二十隻余りの戦列艦を擁する空軍、各地の諸侯から供出された約二万名の諸侯軍からなる、合計で三万五千名に達する軍勢であった。これは現時点でのトリステイン王国が後先を考えずに総力を結集して掻き集めた戦力であり、仮に撤退要請を飲んで占領地を放棄してしまった場合、以降二十年は外征に出られなくなるほどの痛手を被るであろう。既に辺境伯領の過半を制圧下に置き、辺境伯指揮下の軍も一万名を大きく割り込んでいる現在、とてもではないが今更ながらに飲める要請ではなかった。

 結論が出たのは、特使が到着した翌日の事であった。

 新興国であり、元々はゲルマニアの一諸侯に過ぎなかったタンネンベルク皇国に対する蔑視と都合の良い過小評価。また、未だ国内情勢の取り纏めに奔走しているはずと言う現状認識の甘さが、撤退要請の拒否と言う結論を導き出したのだ。

 無論、ゲルマニアの主力を半数以下の兵力で殲滅した軍事力は侮れず、警戒する貴族もいた。しかし、現時点では大軍を動かせる国内情勢ではないと見込んでいた貴族が大半を占めたために、要請の拒否が決定したのである。

 その返答を受け取った特使は、徐に席を立つと、哀れむような表情で応対していた王国勅使のモット伯爵へと一通の書状を差し出した。

「非常に残念です」

 その言葉と表情に、モット伯爵は己の脳裏に警笛が鳴り響くのを感じる。警笛は正しく、手渡された文書を開いた彼は、その瞬間に愕然と崩れ落ちる事を余儀なくされた。

 元より、ジークハルトはトリステイン王国が退かない事を確信して今回の事態に臨んだ。と言うよりも、今後の事を考えれば、寧ろ退いて貰っては困るくらいだったのだ。故に、国内外で間諜の耳に入る事を期待して、皇国内の取り纏めに苦慮していると大げさに風潮していたのだ。従って、各国はタンネンベルク皇国が早期に国内態勢を確立している事に気付けなかった。元々からして、建国から四ヶ月程度で態勢を確立していると思う方がおかしいのである。今回の皇国側からのトリステイン王国への宣戦布告を知った時、各国は当初、無謀が過ぎると考えたほどである。

 だが、実態は全く違っていた。既に軍事面では陣容の体裁が整い、内政面でもジークハルトを総括とする各省庁の立ち上げが完了。それらが機能し始めた現在、国内情勢は加速度的に落ち着きを取り戻していたのだ。

「宣戦布告、ですと!?」

「当然の帰結です。ツェルプストー辺境伯領は、辺境伯自らの嘆願により、既に我がタンネンベルク皇国の国土に編入されました。ならば、我が国の国土を侵略する外敵は、滅ぼさねばならない」

 一瞬、モット伯爵はブラフではないかと疑った。

 タンネンベルク皇国は建国から四ヶ月しか経っておらず、しかも建国に際してはゲルマニア本国から武力を持って強引に独立した経緯がある。彼の持つ常識から言っても、とてもこの短期間で国内態勢を確立しているとは思えなかったのだ。だが一方で、彼の脳裏に響き渡る警笛は本物だとも確信していた。長く王国勅使として職務を遂行してきた彼は、外交官としての己の勘を疑い切れなかったのである。そして、それは正解であった。

 去り行く特使の後姿を呆然と見送ったモット伯爵は、暫くして己を取り戻すと、すぐに王国の内政を取り仕切るマザリーニ枢機卿の元へと走った。そして、手交された宣戦布告文を彼に差し出したのである。

 すぐさま召集された貴族達は、タンネンベルク皇国からの宣戦布告の前に愕然とする事となる。

 元より、彼らも内心では理解していたのである。タンネンベルク皇国が建国され、それをきっかけにゲルマニア本国で熾烈な内戦が勃発した今こそ、唯一にして最後の機会なのだと。旧ゲルマニアやガリア王国と比較して、十分の一以下にまで縮小してしまった自国の版図。それを少しでも取り戻し、ハルケギニア各国の中での席次を上へと導くためには、どうしてもこの機会を逃すわけには行かなかった。

 同時に、隣国として誕生したタンネンベルク皇国の存在もある。元はゲルマニアに属していた一諸侯でありながら、たった一会戦でゲルマニアの主力を粉砕し、ゲルマニア西部一帯を制圧してしまった軍事力。とてもではないが、トリステイン王国一国で対応し得る相手ではない。故に、今回のゲルマニアへの出兵は、将来的に敵対する可能性のあった皇国との関係を対等以上に保つためにも必要な事だったのだ。

 何が悪かったのかと言えば、唯一つ。事前に皇国から派遣された特使の齎した不可侵条約締結の要請を、持ち前の硬い考え方故に拒絶してしまった事であろう。あの時に不可侵条約を締結してさえいれば、皇国はツェルプストー辺境伯からの救援要請を拒否した可能性が高かったのだから。

 それでもこの歴史と伝統のみに傾倒した国家の貴族達は、そうした内心の想いを否定して、表面的にはタンネンベルク皇国との戦争を楽観視していた。実際問題として、タンネンベルク皇国の国内態勢がどの程度まで確立されているかを知らない彼らは、皇国からの軍勢がまさか二方面から自国を襲うとは思わなかったのである。

 三日後、ツェルプストー辺境伯領を徐々に侵食していたはずの侵攻軍からの悲鳴が王都トリスタニアに届いた。その瞬間に彼らは気付く事となる。自分達が敵に回した相手は、自分達の考える何倍も恐ろしい相手だったのだと。
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