二度目の人生シリーズ

□第三部 ツェルプストー辺境伯領、服属
2ページ/3ページ

 現在、タンネンベルク皇国はハルケギニアで最も新しい国家である。ハルケギニアの常識として、始祖ブリミル由来の血を引く三王家は極めて大きな権威を誇り、それ故に新興国であったゲルマニアはトリステイン王国のような弱小国にさえ軽んじられてきた経緯を持つ。そうであるならば、ゲルマニアを破ったとは言えタンネンベルク皇国もまた新興国であり始祖由来の血を引かぬ蛮族の国と言う事になってしまう。事実、時間稼ぎの意味もあってジークハルトは各国へと不可侵条約の締結を目的とした特使の派遣も行っていたが、その結果は芳しい物ではなかった。アルビオンは実質的に黙殺して静観、ガリアは宮廷闘争もあり未だ結論は出ず、トリステインに至っては蛮族と対等の条約を結ぶなど考えられないとばかりに一方的に不条理な条約内容を押し付けようとされた。因みに、ロマリアは利権を求めて司祭の派遣を強行しようとしたため、国内騒乱を理由に先延ばしにしている状況だ。

 故に、ジークハルトは欲しているのである。原作でアルブレヒト三世が欲したように、国を治める正当性とも言うべき始祖由来の血の持つ権威を。

 無論、その名分は表向きである。何しろ、彼の手元にはジョゼットと言う正統なるガリア王族が既に存在しているし、アルビオンの虚無の担い手であるティファニアも手に入れられる算段が付いている。本当の理由は、原作開始前の今の内に……ガリアとロマリアが本格的な行動に出る前に、可能な限り国力を高めて置きたいのだ。

 ともかく、アレクサンドルへの下命を終えたジークハルトは、その足で謁見の間へと向かう。摂政皇太子として国内の全権を掌握するジークハルトではあるが、形式的には国皇たるヴァレンティーヌ・フォン・タンネンベルクの臣下であり、重要案件の決済に関しては国皇の裁可が必要となるのである。無論、ヴァレンティーヌは悪く言えばジークハルトの傀儡であり、実務能力でも息子に劣り、建国以降は象徴として玉座に君臨しているに過ぎないが、形式と言うのは何よりも重要なのである。

「母上」

「ジーク。トリステイン王国に対し、宣戦布告するとか? 一体、どう言う事なのか説明して貰えるかしら?」

「無論です。とは言え、トリステイン王国への宣戦布告は、現時点では可能性の話ではありますが……」

 タンネンベルク皇国の今回の軍事行動は、あくまで皇国への服属を決定したツェルプストー辺境伯を救援する事が目的である。援軍を派兵すると同時に特使を派遣し、外交筋からトリステイン王国に対し停戦を要請する。これを無視された場合に限り、此方からトリステイン王国に対し宣戦を布告し、侵攻を開始するのである。

「恐らく、トリステイン王国は此方の停戦要請を無視するでしょう。故に、此方も事前に侵攻部隊を国境に配置し、要請を拒否された時点で宣戦を布告。ツェルプストー辺境伯領に派兵した部隊と共に二方面からトリステイン王国に侵攻し、王都トリスタニアを最短距離で陥落させます」

 以上の説明を聞き、ヴァレンティーヌも頷く。

 元より、彼女もトリステインには余り良い感情はない。息子の生まれ故郷とも言えるが、同時に自分達が冷遇されてきた場所でもある。非常に複雑な感情を抱かずにはいられない、そんな国なのだ。しかも、今回の戦争に関しては、皇国は侵略に晒されるツェルプストー辺境伯領の救援を最優先目的としており、事前に停戦要請の使者すら出すのである。従わずに国土を蹂躙されるならば自業自得であるし、従うのであればジークハルトとて侵攻をせずに済ますだろう。もっとも、トリステインが従わない可能性の方が圧倒的に高いと理解してはいるが。

「ならば、私から言う事は何もありません。摂政皇太子ジークハルト・フォン・タンネンベルク、皇国に勝利を齎しなさい」

「ははっ!」

 跪き、一礼するジークハルト。

 だが、ジークハルトが顔を上げて玉座のヴァレンティーヌと視線を合わせた瞬間、どちらからともなく苦笑してしまう。

「何にせよ、必ず無事に帰ってきなさい。貴方が昔から年齢不相応に大人びていて、能力があったのは知っているけど……私にとっては、何時になってもたった一人の愛息子である事に違いはないのだから」

「分かっております。私とて、こんな所で命を落とすようなドジは踏みません。私の人生は、まだ始まったばかりなのです。私は今生を寿命で亡くなるその瞬間まで、好き勝手に生きると決めているのですから」

「それで良いわ。ジーク、出る前にジョゼットやシエスタにも顔を見せて上げなさいね」

 苦笑して、再び一礼。

 ジークハルトは謁見の間を後にすると、母の言い付けを守りジョゼットとシエスタを探し宮廷内を歩いた。

 タンネンベルク皇国上層部に属する者達にとって、ジョゼットと言う少女は非常に扱いに困る存在であった。皇国の建国に当たって功があったわけではないので爵位を持たず、皇家の正式な養子でもないので皇族に連なる地位を持つわけでもない。しかし、ジークハルトを兄と、ヴァレンティーヌを母と呼び可愛がられているために、既成事実として貴族階級の者よりも上位に見られている。非常に不安定で、困惑を掻き立てる立場にあると言える。

 彼女の扱いに関しては、ジークハルトとしても困っていた。孤児院から連れ帰って以降、忙しさにかまけて正式な処遇を先延ばしにしてはいたが、独立戦争を終えた今になっても現状維持したままで決定しなかった事はジークハルトの怠慢と言えるかもしれない。しかしながら、彼女の出生の秘密を知る以上、簡単に決める事が出来ないのも致し方ない部分はあるだろう。

 ガリア王家の血族であり、補欠とは言え虚無の候補者。下手に露出する事でガリアやロマリアの目に留まれば厄介な事この上なく、放逐するなど論外。既に数年間を共に過ごしてきた情もあって、家臣の家に養子や嫁に出すのも気が引ける。逆に、自分の義妹として正式に皇家の一員に迎え入れるのも、一時的な処置にしかならない。結局の所、そうして処遇を決する事なく現在まで放置してしまっていた。

 だが、ジークハルトがそんな風に彼女の事を考えて悩んでいる裏で、実はヴァレンティーヌが彼女の扱いを既に決定していた。

 元々、ヴァレンティーヌはガリア出身の貴族である。ジョゼットは現在でも容姿を偽ってはいるが、それはジークハルトが彼女の身の上を知るが故に首飾りを着けたままでいさせたからであって、ヴァレンティーヌには流石に本来の容姿を見せている。当然、彼女の容姿を見たヴァレンティーヌは、彼女の持つ身体的特徴から、彼女がガリア王家に縁ある人物であると見抜いている。その上、幼くして引き取られて以降、特に最近ではジークハルトに対して兄以上の感情を抱き始めている事にも。

 だからこそ、自分にとっても実の娘同然に接してきた彼女の想いを知り、ヴァレンティーヌは内々にある計画を進めてきた。その計画自体はこの後のジークハルトの行動と対外折衝の関係から破綻してしまうのだが、結果的には落ち着くべき所に落ち着く事となる。

 ともあれ、そんなジョゼットとシエスタを探し、ジークハルトは宮廷内を歩いていた。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ