二度目の人生シリーズ

□第一部 独立戦争
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 元より、ジークハルトやヴァレンティーヌにゲルマニア皇室への忠誠心など欠片も存在しない。そして、時代は正に弱肉強食の中世である。発電機と工作機械の量産によって従来とは比較にもならない工業力を獲得したタンネンベルク侯爵家では、量産性の高い近代兵器を秘密裏に製造して配備したために、極めて強力な火力を有する諸侯軍が編成されるに至った。故に、何時までもゲルマニアに臣従する一諸侯でいる事に意義を見出せなかったのである。

「アレクサンドル義兄上、準備は整っていますか?」

「無論だ。ただ、此処に来たばかりの頃には、こんな事になるとも思わなかったな。それに、お前にこれほどの才覚があるとも知らなかった。そう考えると、グラモン伯爵家は自分自身で最大最悪の敵を生み出してしまったとも言えるか……」

 ジークハルトは、侯爵領の東部にて諸侯軍を率い、急造ながらも野戦陣地を構築中であった。何しろ、大っぴらに皇室からの独立を宣言し、あまつさえ挙兵したのである。当然ながらこの行動を反乱と断定した皇室側は鎮圧のために動き、現在、五万の陸軍部隊がタンネンベルク侯爵領へと迫っている。

 とは言え、ジークハルトは全くと言って良いほど動揺した素振りを見せない。否、彼だけではない。彼が率いる一万五千の諸侯軍の全ての兵員が、自分達の勝利とゲルマニアからの独立を確信していた。何せ、ゲルマニアの正規軍とは配備されている兵器の性能がまるで違うのである。数でこそ大幅に劣ってはいるが、その差を補って余りあるほどに強力な武器が彼らにはある。しかも、その軍勢を指揮するのは若干十五歳でありながら領政の全てを掌握するジークハルトなのである。これまでの実績と、転生特典として与えられた強烈なまでのカリスマ性、彼自身の持つ天性の覇気がそこに加われば、率いられる者達は無条件に彼を信じた。

 そんなジークハルト達を見つつ、アレクサンドルと呼ばれた青年は苦笑する。

 彼はジークハルトと同様に、グラモン伯爵家に生まれた。此方は正妻の産んだ嫡出の次男である。どうして嫡出の彼がジークハルトと共にゲルマニア正規軍の来襲を待ち構えているのかと言うと、そこには深い事情があった。

 彼は確かにトリステイン王国の軍門であるグラモン伯爵家に、嫡出の子として生を受けた。そんな彼は、庶子とは言えすぐ下の弟であったジーク・ド・グラモン……当時のジークハルトを非常に可愛がったのだ。当然、伯爵夫人や嫡出の長男、四男のギーシュなどは彼の振る舞いに眉を顰めたが、父である伯爵がそもそもこの件に興味を示さなかった事もあり、彼自身がその行動を省みる事はなかった。

 そんなアレクサンドルだったが、十五歳になり魔法学院に入学したのを機に、実家を出る事となった。それが丁度、ジークハルト達が伯爵家を出奔する直前の事である。後に、事情を知ったアレクサンドルは実母である伯爵夫人や伯爵家の人々に激怒するが、既に弟達は出奔した後であり、今更ながらにどうこうする事も出来なかった。

 本来であれば、そこでアレクサンドルとジークハルト達の関係は終わっていただろう。しかし、ジークハルト達は自分達に良くしてくれていたアレクサンドルの存在に深い感謝の気持ちを抱いていた。伯爵家での生活は敵ばかりであり、そんな中で自分達を冷遇せずに扱ってくれたアレクサンドルの存在は、一種の救いでもあったのだ。そのため、ジークハルト達の生活が落ち着いた頃から手紙のやり取りが始まり、折に触れ贈り物をするなど、関係は復活した。アレクサンドルとしても可愛がっていた弟からのプレゼントを大切に保管しており、手紙の返信も欠かさなかった。だが、それらが伯爵夫人に見咎められ、手紙を破かれた瞬間、これまでの鬱憤が爆発してしまったのである。

 結果、彼までもがグラモン伯爵家を出奔するに至った。否、正確に言えば、彼の場合は出奔ではない。正式に両親や家との絶縁を宣言し、表向きは勘当されたと言う扱いで放逐されたのである。そして、この件で責任を感じたジークハルトが、既に魔法学院を卒業して王軍の中隊長を務めていた経験もあったアレクサンドルを諸侯軍の中核の一人として抜擢する形で呼び寄せたのだ。勿論、弟の臣下として仕える形となる以上、アレクサンドルにも抵抗がなかったわけではない。だが、現実問題として働き口を得ると言う切実な問題もあり、またジークハルトの持つ強烈なカリスマ性の前には些細な矜持は無為であろうと考え、厚意を受け入れたのである。

 ともあれ、そうした経緯でタンネンベルク侯爵家に仕官したアレクサンドルだったが、その特異性には驚愕を通り越して呆れ果てた物だ。特に、ジークハルトの持つ驚異的なまでの練金の能力に加えて、彼が発掘した場違いな工芸品を再現し、工業製品の大量生産を可能にしている事を知った時には、そんな彼を冷遇していたグラモン伯爵家の馬鹿さ加減に失望を覚えた物だ。仮に彼が伯爵家に居続けてその能力を発揮したならば、伯爵家はトリステイン王国最大の貴族として君臨しただろう。

「セージ殿、其方の準備は如何か?」

「既に完了しております。会戦が始まったと同時に、敵軍の頭上に爆弾の雨を降らせてやれますよ」

 そして、もう一人。

 此方はジークハルトがタルブの村から招いた佐々木一族の人間で、佐々木武雄氏の嫡流の孫、原作キャラクターであるシエスタの父親に当たる人物である。

 彼も現在のタンネンベルク侯爵家の諸侯軍で中核に位置する人物であり、非メイジながら旧帝国海軍に所属していた祖父の指導の下に剣術と軍事教練を受けた経験を持つ軍人だ。彼とアレクサンドルは、それぞれ今回の独立戦争で最高司令官を務めるジークハルトの指揮下で連隊を指揮して参戦する予定であり、特にセージの方は量産された航空機の運用にも携わっている。

 そう、航空機である。

 タルブから輸送された零式艦上戦闘機は、その構造を精密に模造され、簡易量産型の機体が開発された。勿論、工作精度こそ当時の日本よりも高い工作機械を保有しているが、圧倒的に工業力と熟練工の数で劣っているタンネンベルク侯爵家では、ゼロ戦と同等以上の機体を即座に開発する事は不可能であった。そのため、まずは簡易量産型の開発から入り、現在は凡そ百機の機体の製造を終えていた。

 無論、航空機の操縦は簡単な物ではない。佐々木武雄氏に大まかな飛行方法を聞き、その上で墜落しても自力で空を飛んで脱出できるメイジが恐る恐る試験し、ようやく飛行技術の確立に至ったのだ。航空機の秘匿にも神経を使った上に、その製造コストも馬鹿にならない金額に上ったが、今日と言う日のために命懸けで腕を磨いてきたパイロット達は、必ず敵軍を壊滅させる最強にして最凶の切り札になってくれる事だろう。

 そして、この戦いの推移は、予めジークハルトが予測していた通りであった。

 反乱鎮圧を目的にゲルマニア皇室から派遣された五万の軍勢は、此方が寡兵である事を確認すると、一気に殲滅せんとして迫った。ジークハルトは所定の防御陣地に拠って敵軍を十分に惹き付けてから、後方に配置された航空機部隊の出撃を下命。上空を常識外の速度で飛翔する百機もの航空機から簡易のクラスター爆弾を雨の如く降らされた敵軍は、この一撃でほぼ壊滅。後は伏兵として敵軍後方に潜んでいた別働隊のアレクサンドルとセージが退路を遮断しつつ包囲し、壊乱状態の残敵を容赦なく駆逐するだけで会戦は終結した。

 ジークハルト達は、この会戦で完勝した余勢を駆って周辺諸侯の領地へと侵攻を開始。主力を喪失したゲルマニア皇室や、単独ではタンネンベルク侯爵家に全く及ばない諸侯達は、然したる抵抗も出来ずに各地で敗走を続けた。

 最終的に、タンネンベルク軍はゲルマニアの西部一帯を中心とした凡そ三割強の国土を自国の版図に治め、独立とタンネンベルク皇国の建国を実現したのである。

 この一連の戦いを最高司令官として主導し、一躍ハルケギニア中にその名を知らしめたジークハルト・フォン・タンネンベルクは、その功によって皇国建国と同時に摂政皇太子に任じられ、皇国内の全てを取り仕切る事となった。また、同じく大功を挙げたアレクサンドルとセージは、皇国侯爵に叙せられ、以降も皇国軍の重鎮として活躍する事となる。
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