二度目の人生シリーズ

□第十三部 戦争終結
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 タンネンベルク皇国とアルビオン王国との戦争は、遂に佳境に突入しようとしていた。

 タンネンベルク皇国は、属国たるヴァリエール公国に侵攻したアルビオン王国の艦隊を撃滅し、浮遊大陸へと逆侵攻を敢行。今やアルビオン南部一帯を占領下に置き、王都ロンディニウムの喉下に刃を突き付けた形となっている。占領地の飢えた民衆を養うために多大な財政負担を強いられたが、豊かな資金と資源を有する皇国側は、これを磐石な補給体制のまま維持し切った。

 逆に、侵略戦争を起こした挙句に本国を逆侵攻される形となったアルビオン王国は、今や風前の灯火であった。開戦前から悪化していた財政は既に破綻寸前であり、貿易の途絶が長引いた影響で国中に飢饉の波が押し寄せている。敵国の占領下にある地域へと食料を求めて逃亡する民衆と、それを押し留めようとする王軍との間で小競り合いが生じるほどに、末期的な様相を呈していた。

 だが、タンネンベルク皇国は、このアルビオン側の情勢を見て、一気に敵国の王都を攻略する事を躊躇った。如何にタンネンベルク皇国が強国であるとしても、国力には限りがある。国内の体制を確立したとは言っても、三つある属領は別であり、特に今回の戦争の初期段階で大規模な反乱が生じたトリステイン公国とヴァリエール公国は、タンネンベルク皇国の援助がなければ財政破綻を余儀なくされるほどの損害を被っている。その上で、この荒廃したアルビオン王国全土の占領維持まで考えると、その負担は皇国の国家財政に重く圧し掛かると判断されたのである。

「大公殿下。こう言った事情なのですが、落とし所は?」

「ふむ……知っての通り、アルビオン王国は他国に国土を占領された経験自体が乏しい。しかも、一時的な失陥ではなく恒久的な割譲ともなると、ほとんど初めての経験と言って良い。講和会議の席で、果たしてアルビオン側が自国の領土を削る事に同意するかどうか。正直、私にも断言は出来ない」

「とは申せ、既にアルビオン側の敗戦は確定的です。しかも、賠償金の支払いが出来ないほどに疲弊しているとは言え、形はどうあれ賠償責任を果たして貰わねばなりますまい。賠償する金がなく、領土割譲も嫌だとなれば、此方としても退くに退けません。それは、現在のアルビオンにとっては致命的です」

 アルビオン王国が戦争に打って出た表向きの理由は、国内で不足している食料を確保するためである。地上領土の獲得は出来ず、寧ろ自慢の空軍が壊滅している有様。国土は逆侵攻を受け、南部一帯を敵国の占領下に置かれてしまっている。本来であるならば、皇国軍に攻撃を仕掛けて打撃を加え、占領地から自主的に撤退するように仕向けたいだろうが、アルビオン側の受けた損害は存外に大きく、とても皇国軍に目立った損害を与える事は出来ない。

「しかし、私までもがアルビオンから亡命するとなれば……あの兄が、果たして講和条件を受け入れるか……」

「ジェームズ一世王も一国の君主としての責務を背負っているのです。自国を亡国に追い遣るか、一時の屈辱に耐えるか……愚かな選択だけはしない事を祈っておりますよ」

 何にせよ、モード大公の私見を踏まえて、ジークハルトの今後の方針は定まった。

 現在のタンネンベルク皇国の国力を持ってしても、浮遊大陸にあるアルビオン王国を全土に亘って掌握する事は困難である。不可能と言うわけではないが、相当な負担を強いられる反面、然したる利益は上げられない。故に、講和と言う結論が出るのは早かった。

 講和……つまり和平とは言っても、事実上の戦勝国がタンネンベルク皇国である事は誰の目にも明らかである。そうなると、敗戦国であるアルビオン王国には、相応の賠償を求める必要がある。しかし、アルビオン王国は疲弊し切っており、とても多額の賠償金を支払える財政状況にはない。従って、現在の占領地の割譲を求める事にしたのである。

 ただ、問題がないとは言えない。アルビオン王国は、その国家の特異性から、これまでの歴史で自国領土を敵国に占領された経験に乏しく、それ以上に割譲に至った事は少ない。全くないわけではないが、六千年の歴史上でほんの数回しかないのだと言う。そして、その数回も相手国が補給線の維持に困難を来たしたが故に、自発的に放棄するに至った。その点、タンネンベルク皇国は補給線の維持に支障を来たす可能性は少ない。本国が何らかの理由で疲弊しない限り、現在の占領地の民衆を養う事は不可能ではないだろう。ただ、それでも浮遊大陸と言う一種の飛び地を獲得する事は、賭けの要素を孕んでいるのも事実である。

 因みに、現時点でのタンネンベルク皇国の国力は、旧トリステイン王国を1とした場合、本国のみで8から12の間だろう。単純な人口では五百万弱、旧トリステイン王国が百五十万程度だった事を考えると、約三倍に過ぎない。が、彼の国は国家財政が破綻寸前であったのに対し、皇国の財政は健全そのもの。寧ろ、国策である北方開発が軌道に乗り始めた事で、金蔵には唸るほどのエキュー金貨が溢れている。更に、旧トリステイン王国を始めとする歴史ある国家に対し、皇国は新興国であるから歴史は欠片も存在しない。故に、無駄に格式張った因習に囚われる必要がなく、合理性を追求した国家運営を行える。従って、各省庁や軍などの国営組織は極めてスリムな業務形態を取っており、無駄な予算は全く掛けずに済む。ついでに、皇宮の維持費等はともかく、皇族個人が全く散財しないのである。国皇たるヴァレンティーヌは個人レベルでの魔法薬の材料費くらいしか無駄遣いをしないし、皇太子のジークハルトに至っては、必要があれば自分で金銀財宝を錬金して用立てるほどである。恐らくは、ハルケギニアで最も安上がりな国家であろう。

 そんなタンネンベルク皇国ではあるが、人口三百万を超えるアルビオン王国の民衆を一人残らず食べさせて行くには国力が不足していた。無論、アルビオン王国内でも穀物の生産は行われているが、自給率は八割に満たないのが実情である。仮に全土を掌握した場合、単純計算で六十万人分の食料が不足する。その不足分を用立てるとして、対価になり得る特産品の類がアルビオンには羊毛程度しか存在しない事を考慮すると、採算割れを起こすのは必至である。そもそも今回の戦争は、アルビオン側が誠意ある対応を取らずに強硬手段を取った事で始まったのである。そんな国のために身銭を切って助けるほど、ジークハルトはお人好しではない。

「何にせよ、ロンディニウム攻略を急ぐ必要があるか……いや、そうだな」

 ジークハルトとしては、このような得るものの少ない戦争など早々に終結させてしまいたいのである。しかし、負けている側が降伏ではなく講和を申し入れてくるなど、そんな恥知らずな真似をするはずもない。従って、講和の申し入れは皇国側が行うべきなのだが、勝っている側から申し入れるのも可笑しな話である。なので、敵国の王都を占領し、直系王族たるジェームズ一世とウェールズ皇太子を捕縛するか、無条件降伏に追い込む方が分かり易い。仮に二人が逃亡するなどして捕縛が出来ずとも、自国の王都を敵国に占領されたとなれば、戦争の趨勢から言ってアルビオン側の心を折る事も出来るかもしれない。

 だが、其処でジークハルトは一つの妙案を思い付いた。
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