二度目の人生シリーズ

□第九部 対アルビオン戦争、勃発
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 ガリア王国とは内実がどうあれ表向きには平穏無事な外交関係が築かれようとしている一方、ジークハルトが警戒しているもう一つの相手とは最悪の状況に陥ろうとしていた。

 アルビオン王国。

 ハルケギニア大陸上空を偏西風の影響で行き来する浮遊大陸を国土とし、その特異な成り立ちによって他国からの侵略を受け難いシーレーン国家として長く自国領土を不可侵としてきた国家。

 旧トリステイン王国は、国王同士が実の兄弟であった事もあり、このアルビオン王国と親密な関係を築いていた。無論、国家の間に真の友情は存在し得ない。アルビオン側は穀物や塩と言った物資の確保に加え、大陸との安全な連絡路を保持するためにトリステインと結び、トリステイン側も南北に隣接する二つの大国を牽制するために有力な空軍力を擁するアルビオンを当てにしていたのが実態である。

 そんな両国ではあったが、その関係はトリステイン王国が事実上の滅亡に至った事を機に、国交が断絶してしまっていた。

 タンネンベルク皇国摂政皇太子ジークハルト・フォン・タンネンベルクは、旧トリステイン王国を二つに分割した際、両国から幾つかの権利を剥奪した。その内の一つ、外交自主権が問題であった。つまり、これまでアルビオン王国が物資を輸入するためには、旧トリステイン王国上層部と交渉すれば良かった。だが、旧トリステイン王国が他国と外交をする権利を失ったために、アルビオン側は両国の宗主国であるタンネンベルク皇国と交渉せねばならなくなったのである。

 タンネンベルク皇国としては、それが正当な商取引であるのならば、戦時中でもなければ貿易を行う事を許容しただろう。だが、これまでアルビオン王国との間で行われていた貿易は一種の同盟国価格での取引であり、新たな価格設定を巡って問題が大きくなってしまったのである。

 そもそも、タンネンベルク皇国とアルビオン王国との関係は、良好とは言い難いものであった。皇国が独立後に立てた不可侵条約締結を求める特使を黙殺したのを皮切りに、最近ではガリア王国と並んで多数の間者を国内に放つなど、好意的とは呼べない行動を取り続けている。強大な軍事力を有する国家が近隣に出来上がった以上、それを警戒するのは国家として当然の事であろう。しかしながら、警戒されている側にそれを気付かれてしまえば、両国間に緊張や、場合によっては亀裂が走るのも道理である。更に、貿易に関する交渉時に、アルビオン側大使は旧トリステイン貴族もかくやと言った高圧的態度で自国有利な取引を強要せんとしてきた。こうなっては両国間の関係が更に冷え込むのは自明であり、アルビオン側の自業自得としか言いようがなかった。

 交渉が不首尾に終わり物資の確保の目処が付かなくなったアルビオン王国は、大陸との連絡路を力尽くで確保する事を決意。密かに軍を動員し、陸戦隊も増員を開始した。これを察知したタンネンベルク皇国側も動員を開始し、浮遊大陸がヴァリエール公国領ラ・ロシェールに最接近した時、戦いの火蓋は切って落とされた。

「アルビオン王国より宣戦布告! 現在、ヴァリエール公国領にて、現地駐留軍と交戦状態に入ったと報告がきています!」

「……遂にきたか」

 本来であれば対話による解決を望んでいたジークハルトだったが、それが不可能な事は最近のアルビオン王国側の対応から分かり切っていた。

 不可侵条約締結のための特使を黙殺、貿易摩擦の発生、アルビオン王国全権大使による皇国への侮辱、皇国内への密偵の派遣と、とてもではないが許容し得る限界を超えている。その上で、アルビオン王国が戦争準備を始めたとなれば、此方としても受けて立つしか方策はない。

 それに、ジークハルトはアルビオン王国の空軍力を脅威とは考えていたが、何も戦闘で自国の空軍が勝てない事を危惧していたからではない。此方の保有している新型艦や航空機は別格としても、空を自由に航行する事が可能な空軍は、その戦略機動力が陸軍とは比較にもならないほどに高いのだ。燃料である風石さえ賄えるのであれば、例えばトリステイン公都を急襲した翌日に今度はヴァリエール公都を襲撃するなど、補足するのが極めて難しいのである。無論、風石自体が希少品であるためそこまで無茶は出来ないが、此方が大軍を率いて迎撃に向かった頃には撤退している事も考えられ、そうなってしまえば空から自在に次の攻撃目標を選定する事が可能なアルビオンに常に先手を譲る事になってしまう。

 国軍を用いたゲリラ戦術とも言うべきこの策を実行に移された場合、タンネンベルク皇国本国はともかく、旧トリステイン王国領は各地で甚大な被害が予測される。一応、両国には小規模ながらタンネンベルク皇国軍を駐留させてはいるが、規模的には複数の駐屯地に合計で一個連隊と言った程度の戦力であり、如何に精鋭とは言えアルビオン王国が誇る艦隊を相手にしては防戦する事さえ難しいのだ。

 更に、それ以上に厄介な事がある。

「旧トリステイン王国領にて、アルビオン王国の宣戦布告に呼応して多数の諸侯が武装蜂起! 各地にて不平貴族が反乱を起こしました!」

 そう、反乱である。
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