二度目の人生シリーズ

□第七部 属国の姫君との商談
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 トリステイン王国によるゲルマニア侵攻に端を発した先の戦が、タンネンベルク皇国空軍による王都トリスタニアの電撃的制圧と言う終結を見てから、三ヶ月の月日が流れていた。

 既に一月前には、トリステイン王国の事実上の滅亡と、旧王国領の分割が完了し、二つの公国の運営は恙無く行われ始めている。

 無論、戦後処理に全く問題がなかったと言うと嘘になる。

 旧王家が変わらず主権を持つ事となったトリステイン公国では、王権を喪失したがために、これまで辛うじて国家体制を維持し続けてきた最大の要因でもあった王族の権威が失墜してしまった。勿論、未だ旧王家に対する篤い忠誠心を持った忠臣と呼べる諸侯も存在してはいる。しかし、その筆頭でもあったヴァリエール家を独立によって失った今、元より中央集権の弱かったトリステインでは、縋るべき権威がなければ諸侯を統制する事は困難を極めた。しかも、新たに縋るべき宗主国のタンネンベルク皇国に対しては、諸侯は愚か公家すらもが内心で強い反発心を持つが故に、今後の国家運営に暗い影を落としていた。

 逆に、意外な事ではあったが、ヴァリエール公国は極めて順調な推移を見せている。元々、ヴァリエール家は数代前のトリステイン王の庶子を祖とする家柄であり、広大な領地を権力の源泉として中央にも大きな影響力を保持していた。歴代当主の有能さも相まって常に諸侯の筆頭としての立場を維持しており、その関係から諸侯間の利害調整のための折衝を行う事は珍しくもなく、以前より行政手腕には定評があった。為政者としての充足する能力と、諸侯を取り纏めるノウハウ、それに加えて娘三人を奪われた事で望まずして得た地位を最大限に利用し、先の戦争で主戦場となった事を理由に皇国からの復興支援すらも引き出して見せたのである。娘三人を差し出して皇国の歓心を得たと言う揶揄も圧倒的な実力で現状では抑え付ける事に成功しており、このままの推移を保てば国内の安定化は時間の問題と思われた。

 このように対照的な二つの属国より、公位継承権を持つ四人の公女達がタンネンベルク皇国首都へと護送される。現状では両国に対する人質としての意味合いが強いが、将来的には次代の両国の国主をタンネンベルク皇族の血で襲うと言う思惑もあった。そのため、最低でもトリステイン公国のアンリエッタ公女と、ヴァリエール公国の公女の一人は、皇国摂政皇太子たるジークハルト・フォン・タンネンベルクの側妃として娶られる予定である。

「……ああ、憂鬱だ」

 そんなタンネンベルク皇国の首都にある中央政庁にて、ジークハルトは自らの言葉通り憂鬱そうな顔を隠しもせずに書類整理に勤しんでいた。それと言うのも、両国公女の輿入れに関する話は、彼自身が積極的に望んでいる事ではなかったからだ。普段以上の量の書類に埋もれながら処理に勤しんでいるのも、言ってみれば現実逃避でしかない。

 前世での経験もあり、ジークハルトの心中に女性に対する幻想と言う物は存在しない。女性は理由さえあれば容易に裏切るし、理由がなくとも一時の快楽のために背徳を犯す事を何とも思わないと考えている。自分自身に繋ぎ止めて置けるだけの魅力があるのならいざ知らず、そんな魅力があるとは思ってもいない彼としては、当然ながら今回の縁談の相手である公女達も自分を裏切る可能性があると冷めた感情を抱いていた。

 無論、彼とて誰もが理性をかなぐり捨てて快楽に走るなどとは思っていない。女性不信の気があるとは言え、ジークハルトにも他人に対する信頼と言う感情は存在しているのだ。その点で言えば、今生で相応に長い期間を共にしているジョゼットやシエスタなどは、信頼に足る異性であると思っている。だが、下手に原作知識があるために、アンリエッタがウェールズを失った数ヵ月後にはサイトに熱を上げていた事実や、ルイズなども幾度か他の男に目線を向けていた事実を知ってしまっている。しかも、彼女らが皇国に来るのは、自国が敗北したがために人質として差し出されたためであり、ジークハルトに好感を抱いているはずがない。故に、彼女らの事を恋愛対象として見る事はどうしても出来ないのだ。

 彼がジークハルト・フォン・タンネンベルクの名を名乗り始めてから、世界有数の資産家であり、ゲルマニア有数の大都市の実質的領主であり、将来性のある有能な貴族として諸侯から注目を集めていた。それは全くの客観的事実であり、今では強国の摂政皇太子にまで成り上がり、その地位は長く磐石であると言って良いであろう。利に聡い貴族は何とかして彼に近付こうと画策し、場合によっては自分の娘を差し出す事も厭わない。だが、前世での経験は既にトラウマの域であり、自分から進んで女遊びをしたいと言う欲求が湧かなかった。肉体的には思春期真っ盛りで枯れていると言う事もないし、不能と言うわけでもないのだが、気が乗らないと言うか萎えると言うか、割と切実に不味い精神状態に陥っている。

「北方開発は依然として順調そのもの。採掘されてくる資源の量も安定的に増加しているし、更なる鉱床の発見と確保にも成功している。このままの推移であれば、次の段階に計画を進めるのも早まるか……」

 ともかく、仕事である。元より仕事の虫と言って良いジークハルトは、嫌な事があるほどに仕事に熱中し易く、周囲から呆れられている。無論、上司が職務放棄に走るよりは遥かに良いのだが、過労で倒れる寸前まで職務に邁進するのも困りものである。ともあれ、そんな時には専属侍女のシエスタが止めてくれるので今までは実際に過労で倒れる事はなかったのだが、本日はシエスタが所用で実家に戻っているので、本気で倒れるかもしれない。
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