二度目の人生シリーズ

□第六部 王都陥落、そして…
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 ツェルプストー辺境伯領への救援軍がトリステイン王国軍に痛撃を与えて一時撤退に追い込んでいた頃、トリステイン王国北西部でも戦端が開かれていた。

 とは言え、それは軍勢同士の派手な戦闘ではない。一方がもう一方を殲滅する、戦争とも言えない殺戮であった。

 タンネンベルク皇国側より越境を開始したのは、戦列艦十隻、航空機母艦二隻、新造された高速輸送艦五隻を中核として国内から掻き集められた兵員輸送用の空中船団、合計で三十隻余りの艦隊であった。

 彼らは、手始めにトリステイン王国側国境警備隊を航空爆撃によって粉砕すると、悠々と敵国の空を侵犯。元より国内の治安維持に必要となる最低限の兵員を除き、全戦力を侵攻軍に参加させていたトリステイン王国である。自国の空を堂々と侵犯する艦隊を発見した所で、組織立って対処し得るだけの戦力は残されていなかった。

 皇国艦隊は散発的に攻撃を仕掛けてくる各地の諸侯軍を鎮圧し、或いは進路上の防衛陣地へと砲爆撃を加え、敵国の王都を目指した。それでなくとも、今回の戦争でタンネンベルク皇国が得られる物は、実は少ないのである。必要以上に軍備を磨り減らす真似はせず、最低限の戦闘のみで迅速にトリスタニアを制圧する必要があった。

 トリステイン王国は、今回のゲルマニア侵攻に当たり、国内の財貨の大半を吐き出す事で辛うじて必要な軍備を揃えている。結果、不足した財源を補うための重税に平民達は悲痛な喘ぎを上げ、貴族達ですら諸侯軍編成のための出費により幾人かが借金苦で破産を余儀なくされるだろう。元々からして困窮していた昨今のトリステイン王国では、特に発展した産業もなく、埋蔵資源も多くはない。略奪してさえ得られる物がない以上、地道に占領統治に勤しむのは多大な手間と出費を強いられるだけで、皇国上層部にとっては余計なお荷物を背負わされる負担しかない。故に、短期的に王都を制圧し、王族の身柄を手中にしてトリステイン王国の実権を掌握するに留めるのが上策であった。

「前方、トリステイン王国王都トリスタニア!」

「ようやく到着したか」

 率いていた十隻の戦列艦の中で唯一の大型艦であり、艦隊旗艦でもある戦艦タンネンベルクの艦橋にあるゲスト席で、此度の侵攻軍の最高指揮官たるジークハルト・フォン・タンネンベルクは真剣な表情のまま口を開く。

「兵員はこれより、迅速に降下準備に入れ。王都トリスタニアを包囲し、猫の子一匹逃すな! また、敵軍が攻撃を仕掛けてきたならば、王宮に砲撃を加えてでも沈黙させよ!」

 ジークハルトの下命に、配下の将兵は行動を開始する。

 一方、タンネンベルク皇国の予期せぬ宣戦布告により、トリスタニアの王宮は深刻な恐慌に見舞われていた。そんな中、王都近郊に突如として現れた皇国艦隊の姿に、王宮に詰めていた諸侯は絶句する。

 降下した兵員は一万名に達しており、王都内の兵員を掻き集め、王族の警護を主任務とする魔法衛士隊を総動員したとしても、とてもではないが防衛が可能とは思えない。兵力差は軽く十倍を越えており、相手方には有力な空軍艦隊まで控えているのである。仮にジークハルトがトリステイン王国側で防衛を行わねばならないなら、戦闘が開始される前に投降を選ぶだろう。それくらい、トリステイン王国側は絶望的な状況だった。

「だから言ったのだ! タンネンベルク皇国とは、不可侵条約を結んで置くべきだったと!」

「今更、その事を蒸し返すのか!? 貴様とて、蛮族の国と結ぶに値せずと口にしておったろうが!」

「それよりも、今は現実にトリスタニアに出現した敵軍の対処をどうするかだ! 実際問題、タンネンベルク軍から王都を守り通せる見込みはあるのか!?」

 トリステイン王国にとって、状況は最悪である。

 タンネンベルク皇国の艦隊が出現する直前に送られてきた伝令によると、ツェルプストー辺境伯領を侵攻中だったトリステイン王国軍は、皇国の別働隊と思しき有力な軍勢に奇襲を仕掛けられて大敗し、国境まで一時撤退を余儀なくされていた。敵の軍勢は辺境伯の軍を合わせても王国軍に兵数では及ばないものの、強力な火器を数多く保有しているらしく、とても短期的に殲滅する事が可能な陣容ではないらしい。此処で侵攻軍を退き、王都を取り囲んでいる皇国軍に当てようにも、皇国の別働隊と辺境伯軍が追撃を仕掛けてくるのは明白であり、自国の領土が逆侵攻を受けてしまうだろう。それ以前の問題として、侵攻軍が王都に到着するまで王都が制圧されずに健在である可能性は限りなく小さい。

 議場に詰めた諸侯は、この状況に自分勝手な暴言を周囲へと吐き捨てる事しか出来ない。せめて王族が率先して彼らを取り纏められれば状況は幾らか改善したかも知れないのだが、残念ながら現在のトリステイン王国にはこの状況で周囲を主導する事が可能な王族は一人もいなかった。王は二年前に崩御し、その后であり正統なるトリステイン王国の血筋を有するマリアンヌ王妃は喪に耽るだけで政治を省みず、積極的な行動に出たとしても有効な手を打てるだけの政治手腕は持っていない。更に、第一王位継承者たるアンリエッタ王女に至っては、未だ十一歳の幼少の姫に過ぎないのである。

「静粛に!」

 マザリーニ枢機卿が声を張り上げ、もはや互いを罵倒し合う諸侯を沈静させる。

「枢機卿。貴方は国王陛下より実質的に宰相の位を授かり、国政に大きな手腕を振るって来られた。今、トリステイン王国は国家存亡の危機に瀕している。貴方ならば、この状況を切り抜ける策を考え付けるのでは?」

 普段はマザリーニの事を毛嫌いしている諸侯ではあるが、この際に全ての責任を押し付けようとでも考えたのだろう。調子の良い事を言いつつ、彼に向かって視線を向ける。

「状況は最悪と言って良い。唯一、現状を打開出来るとしたら、それはアルビオンからの援軍を迎え入れる事のみ。しかし、残念ながら彼の国が数日以内に我が国に援軍を派兵する事は在り得ない」

 トリステイン王国の亡き国王とアルビオン国王は実の兄弟と言う事もあり、実質的に同盟に近い関係にある。故に、両国の有事の際には、援軍を要請する事も不可能ではないのだが、残念な事に今は時期が悪かった。

 アルビオン王国はハルケギニア上空に存在する浮遊大陸を領土とするシーレーン国家であり、強力な空軍艦隊を擁している強国である。が、アルビオン大陸は大陸西部の海上から大陸中央部の上空にかけて常に移動し続けており、現在はかなり内陸部に位置している。現時点でアルビオン本国から進発した艦隊がトリステイン上空に到達するまでに擁する時間は、西部海上からの偏西風の影響もあり、軽く一週間を擁するであろう。無論、それは今すぐアルビオンから艦隊が進発した場合であって、援軍要請の特使の派遣に救援艦隊の組織と、実質的には最短でも一ヶ月近くを見込まねばならない。それまでトリスタニアが無事であるとは、誰も思えなかった。

「従って、私は諸侯の皆様に提案する」

 故に、方策は一つ。

「王都トリスタニアに存在する全軍を持って敵包囲軍を一点突破し、アルビオン王国へと救援要請の特使を派遣する。その特使に、アンリエッタ王女殿下を推薦したい」

「それは、つまり……」

 王女の護衛には王都に残された唯一の近衛であるグリフォン隊を充て、他の部隊を突破の際の捨石に使うにしても、賭けの要素が極めて高い策である。仮に王女の身柄を確保されてしまえば、マリアンヌの身柄の価値は激減し、最悪は王宮諸共に砲爆撃で粉砕される可能性がある。だが、それでも現在のトリステイン王国にとって、唯一の起死回生の策ともなる軍事行動であった。

 王都を包囲する一万名の陸軍に加え、上空には艦隊すら擁しているタンネンベルク皇国軍。対するトリステイン王国は、主力をゲルマニア侵攻に充てていた事もあって、王都内には一千名を割り込む程度の兵力しか存在しなかった。一部に魔法衛士隊と言う精鋭はいても、総合的な戦力差は明白であり、下手に戦端を開けば王都全域が戦闘によって荒廃する事にも繋がる。だが、杖を交えもせずに降伏を選べるほど、トリステイン貴族の矜持は軽くなかった。

 そう言った意味でも、マザリーニの提案は悪くない話だった。

 大半の諸侯はこの状況にあっては降伏も致し方ないと内心で思いながらも、建前では降伏を言い出せなかった。逆に、真に心意気のある貴族にとっても、一時的な王都の失陥は免れないにしても、アルビオン王国からの援軍を招き入れると言う現実的な方策には頷ける所がある。しかも、仮に援軍を得られなかったとしても、アンリエッタ王女はアルビオン王国国王の姪であり、皇太子の従兄妹でもあるから、手厚く保護されるだろう。故に、マザリーニの提案は諸侯に一定の方向性を与える事に成功したのである。

 だが、その策が実行に移される事は永遠になかった。
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