二度目の人生シリーズ

□第五部 ヴァリエール公爵家の落日
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 タンネンベルク皇国からの援軍がツェルプストー辺境伯領へと到着した事で、トリステイン王国軍は深刻な混乱状態に陥っていた。

 今回の戦争は、トリステイン王国の今後を占う最後の機会との見方が強かった事もあって、王家は元より諸侯達すらもが自身の財政負担を度外視して強引に推し進めた背景があった。従って、元を取るためにも諸侯達は占領地域での略奪を積極的に行ったのだが、結果として得られた物は微々たる額に留まったのだ。

 戦争で他国の領土を占領し、占領地域で略奪が横行する事は、決して珍しい出来事ではない。時代的に厳しい軍規で取り締まる態勢も整ってはいないため、特に傭兵などは占領地域での略奪品の売買や、下手をすれば誘拐・人身売買と言った商売で副収入を得ている者さえ珍しくはなかった。

 ツェルプストー辺境伯は、長年の軍役の経験から、嫌と言うほどに戦場の実態を把握していた。そのため、領民がトリステイン王国軍からの略奪で傷付けられぬように、領内の主だった商会と協力して避難を推し進め、自身は諸侯軍を率い侵攻軍の足止めと時間稼ぎに徹していた。無論、幾ら時間を稼いだ所で、独力では最終的な敗北は免れない。何処からか有力な援軍を招き入れなければならないのだが、その最大の候補として挙げられたのが建国から間もないタンネンベルク皇国だった。

 同じゲルマニア諸侯の身であったツェルプストー辺境伯にとって、ゲルマニア内戦とトリステイン王国軍による侵略の根本的原因とも言うべきタンネンベルク皇国には思う所があった。しかし、それ以上に我侭を言える状況ではなかったのだ。現状、自身の領地へと纏まった数の援軍を派兵してくれる可能性が僅かでも存在している勢力は、北部に国境を接しているプロイセン公国と、西部に国境を接しているタンネンベルク皇国のみ。東部方面の皇室派諸侯は内戦の激化に伴って再三に渡る援軍要請を無視され続けたため、既に除外して考えている。となると、自身もプロイセン公国に参加するか、或いはそのプロイセン公国が臣下の礼を取ったタンネンベルク皇国に属するかの二者択一である。結果として、過去にプロイセン侯爵とは商売上の競争相手として対立していた事実があるため、タンネンベルク皇国への服属を選んだのである。

 ツェルプストー辺境伯にとって幸いだったのは、服属の宣言と同時に行われた援軍要請が、皇国摂政皇太子の鶴の一声で即座に決定した事である。辺境伯自身、皇国内の態勢確立には今暫くの時間を要するであろうと考えていたため、援軍が派兵されるまでに更なる防戦を強いられる事を覚悟していた。しかし、援軍要請から一週間と経たずして、万を超える規模の軍勢が派兵されるに至り、自身の選択が想像以上に正しかったのだと認識させられた。

 対するトリステイン王国軍は、先のタンネンベルク皇国軍による奇襲によって散々に討ち減らされた結果、死者三千名、重軽傷者や行方不明者まで含めると、全軍の二割に相当する七千名の兵員を喪失する大損害を被っていた。加えて、タンネンベルク皇国軍の登場と言う想定外の事態によって短期的にゲルマニア領土を獲得する目算が外れた事で、早くも厭戦機運が蔓延する異常事態に見舞われていた。

 従軍している諸侯の中には、此度の戦備を整えるためだけに借金を強いられた者も多く、略奪品で元が取れねば戦後に破産を余儀なくされる可能性のある者も珍しくはない。それだけトリステイン王国と言う国が困窮している証拠ではあるが、それ故に絶望的な状況に陥ってしまっていた。

 しかも、である。トリステイン王国の誇る戦列艦総勢二十隻余りの艦隊は、その多くが老朽艦や、良くて旧式艦が中心であり、戦闘能力の一点ではアルビオン空軍やガリア両用艦隊とは比較にもならないほどに脆弱であった。とは言え、一諸侯でしかないツェルプストー辺境伯所有の私設空軍だけでは手に負えない、有力な空軍であった事も確かである。故に、侵攻直後から現在まで制空権を握っていたトリステイン王国軍であったが、それも先のタンネンベルク皇国の援軍によって容易く撃沈されてしまっていた。

 現在のタンネンベルク皇国空軍は、その特質すべき点として、航空機と言う新たな兵器の開発に成功している。航空機は最大二名の搭乗員によって運用され、搭載された機銃や爆弾による対空、対地攻撃を主とする高速機動兵器である。機動は比較的に直線的ではあるが竜騎士の倍以上にも達する最大速度を利用しての一撃離脱戦法は極めて有効であり、その破壊力の前には並の艦艇では抗し得ない。従って、航空機を運用するための母艦と、その母艦を護衛するための巡航艦、駆逐艦こそを必要とし、大型の戦艦を積極的に建造する事はなかった。無論、建国から間もない現在、建造に時間を要する大型艦の配備は後回しにして、正面戦力を可能な限り量産すべきとの方針を摂政皇太子が示した事も大きな理由である。

 結果として、タンネンベルク皇国空軍は小型艦が大半を占めてはいるが、決して脆弱な空軍と言うわけではなかった。巡航艦や駆逐艦に搭載された大砲は、陸軍で運用されている新型砲を大口径高火力にした代物であり、その射程距離と連射性能、破壊力、命中精度は、従来の大砲と隔絶した性能を誇っている。自分達の約半数の戦列艦を前にして勝利を確信していたトリステイン空軍の指揮官らは、完全なるアウトレンジから放たれた恐るべき砲撃を前に、自分達が撃沈された事にすら気付かぬまま死を享受する羽目になった。

 トリステイン王国軍は、正に“退くも地獄、進むも地獄”の言葉通りの状況に陥っていた。

 撤退は考えられない。仮に退けば、何も得ぬままに終結した今次戦争で戦費を返せずに、破産を余儀なくされるだろう。だが、進む事で福音を得られるかと言えば、否定するしかあるまい。敵は驚異的な火力配備を実現したタンネンベルク皇国軍であり、これまで頑強に自分達の攻撃を耐え忍んできたツェルプストー辺境伯軍である。一筋縄には行かぬであろうし、仮に勝ててもその後が続かぬほどの大損害を被る事は確実である。

 だが、彼らがその選択を選ぶ事はなかった。選ぶまでもなく、前方から恐るべき敵が襲い掛かって来たからである。
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