二度目の人生シリーズ

□第二部 皇国の躍進とメイド
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 タンネンベルク皇国の建国に伴い、ハルケギニア各国のパワーバランスは大きく変動していた。

 特に顕著なのは、皇国の独立によって三割強もの国土と五万の正規軍を喪失し、その国力を大幅に減じたゲルマニアであろう。元から諸侯の信望が薄かった皇帝アルブレヒト三世にとって軍事力の大幅な低下は致命的であり、中央の抑圧が薄れた事を好機と見た実に過半にも達する諸侯が独立を表明して挙兵。皇帝派の諸侯との間で大規模な内戦が勃発し、各地で血みどろの戦いが繰り広げられている。

 無論、ゲルマニア以外の各国でも、この一連の出来事を重要視していた。何しろ、新興国ではあったが商業活動を通して大きな国力を持つに至り、兵士も特に弱卒と言うわけではなかったはずのゲルマニアが寡兵のタンネンベルク皇国側に主力を一蹴されているのである。当然ながらタンネンベルク皇国の軍事力を相当なものであると予測され、特に国土を接しているトリステイン王国では彼の国を警戒する動きがあった。勿論、蛮族の国とゲルマニアを蔑視している貴族も多いが、逆に現実を見据える有能な貴族であればあるほどに大国であったゲルマニアを容易く空中分解させるに至ったタンネンベルク皇国の軍事力に恐れ戦いていたのが実情である。

 そして、国土こそ直接には接していないが、ガリア王国とアルビオン王国でも少なからず彼の新興国を警戒し、俄かに忍び込ませる密偵の数を増やしている。

 だが、実際の所、各国が警戒するほどに現時点でのタンネンベルク皇国が強国であると言うわけではなかった。何しろ、タンネンベルク侯爵領の領政を執り始めて三年程度での独立である。急速に拡大された土地の整備に内政官達は忙殺され、とても外征が可能な状況ではなかったのだ。無論、国外からの侵略があった場合も同様であり、深刻な国内情勢の悪化は免れないだろう。そうした不安を最新兵器の配備によって補い、戦力を実数以上に見せて誤魔化し、何とか時間を稼いでいると言うのが実態だった。

 そして、摂政皇太子として国内の全権を掌握しているジークハルトは、寝る間も惜しんで職務に忙殺されていた。途上にある国内整備に加え、新たに編入された領地の開発。更に、技術開発面での指導や、時間が僅かでも取れれば資金調達のための錬金に従事する生活。とてもではないがゲルマニアの主力軍を粉砕したタンネンベルク皇国の皇太子とは思えない、寧ろ一介の平民よりも酷使されている国家の奴隷状態である。

 しかし、彼が弱音を吐く事は全くなかった。現在の激務は当初の想像を大きく上回ってはいたが、独立に動いたのは彼自身の決断である。本質的に無責任である事を何よりも嫌う生真面目な性分であるジークハルトは、自らの選択の結果を重く受け止め、責任を取るためにも率先して激務に挑んでいたのだ。その姿に触発された家臣達も奮起し、彼に引き摺られるように職務に従事する事で、何とか国内の取り纏めが出来ているのだ。

「ジークハルト様、少しお休みください」

 そんな時、不意に声が聞こえた。

 視線を其方へと向けると、メイド服に身を包んだ黒髪の少女が、お茶の準備をしつつジークハルトに微笑んでいる。その姿を見て、手元の書類にサインしてからペンを置く。

「シエスタ、何時からいた?」

 そう、原作ヒロインの一人でもあるシエスタだ。

 彼女の生家であるササキ家は、皇国の建国と同時に侯爵に叙せられ、譜代の臣下として軍部における最高権力を与えられるに至っている。それもこれも武雄氏の助力と、彼の子や孫達の尽力の賜物である。先の独立戦争時も、ササキ家の男達が何人も従軍し、多大な戦果を挙げている。その功績を称えての叙任であり、武雄氏が亡くなった現在、嫡流の孫に当たるシエスタの父が爵位を継いでいる。

 つまり、シエスタは皇国の重鎮であるササキ侯爵家の令嬢であり、自身も有力貴族の一員と言うわけだ。そして、貴族の娘が主家や格上の貴族の家に行儀見習いに行くのは不自然な事ではない。彼女が原作で魔法学院のメイドをしていた事、この世界でも幼少期は一介の村娘であった事から、ジークハルトは軽い気持ちで行儀見習いに来させて見た。すると、非常に気の利く娘だった事もあり、手放せなくなってしまったのだ。未だ十を回ったばかりの子供だと言うのに、どうしてこんなにも気が利くのか。当人に言わせると、数多くいる兄弟の世話をしている内に、そうした機微が分かるようになったとの事である。

「先ほど、ノックをしてから入室しました。お返事を頂いたのですが……」

「忙しかったのでな。無意識の内に返事をしたのだろうが、お前ならば構わないだろう」

 本来なら、自分の執務室への入室に気付かないのは些か不味いのだが……まあ、元平民であり、現在では国内有数の大貴族にまでして貰った恩があり、とてもではないが裏切る土壌などないササキ家の令嬢であるシエスタが相手だ。しかも、彼女の現在の地位は、ジークハルトの専属侍女である。それに、残念ながら教養面では不足のあるシエスタに書類を見られても、それほど困る事はない。が、シエスタの方は別の意味で捉えたらしく、ジークハルトの言葉に頬を薄っすらと染めている。
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