異世界から問題児と性別不明の神子がくるそうですよ?
□プロローグ
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それは冬のことだった。
数えるのを忘れるくらいの転生を果たしてきた藍紫の子は飽いていた。それというのも周りに面白いことが尽きてしまったのだ。
あるには在るのだが…目が肥えてしまったというべきか。すでに己の中でパターン化されてしまっている事柄ばかり…。腕がぶっ飛ぼうが爆発が起きようが目の前で爆笑もののネタを披露されようが、笑えるのは一瞬だけ。それもポーズである。
どれもこれも今生で目にするものは目新しさに欠けていた。
藍紫の子、"四十九院 遊楽"としてはもっとこう……ドバーッ!!…っと笑える何かが欲しい。こう、腹の底から呼吸困難になるほど笑えて、感動を与えてくれる何か。
とにかく暇だから、取り敢えずこの現状を打破する暇潰しが欲しい…。わりと切実に。
「ハァ、無理か」
「《なんだか今までの生に比べて今生はつまらなさそうだな、主よ》」
隣で同じように黄昏ていた“天津空鵺”という妖少年が言う。黒髪蒼眼の美しい、白と蒼の中華服に身を包んだ少年だ。頭の上に猫耳、お尻にはゆらゆらと2本の黒いしっぽが生えていた。
「仕方がない。生まれて十二年。三歳頃に両親が死に、いる筈のない叔父を養父にして以来、見事に何もない。この生家の神社の手入れをし、平穏無事に暮らす日々……ぶっちゃけ超ヒマ。」
神社の欄干に腰掛けて、遊楽はため息を吐く。
彼は男とも女とも言えない中性的な面立ちをしていた。
肩を過ぎるくらいまである黒藍の髪に烏帽子を被り、神社の神官が着るゆったりとした男ものの着物を纏ってこそいるが、正直“彼”と表現することの正しさも怪しいのである。
一種神秘的な儚さをたたえる彼の容姿は浮き世離れすらしていて、正しく性別不明だ。
「《叔父なら居るだろ此処に。》」
「はぁ〜、わかってないね空くん。君は妖怪で、僕の従者じゃないか。そんな輩を叔父とは言えないよ。」
齢万年を超える神級の妖怪である空鵺は、遊楽と契約し、ともに世界を越えてきた彼の所有物である。血の繋がりはない。ただ、その能力でもってこの世界での彼の叔父代わりをしていた。
遊楽は紫黒の目をげんなりさせて、傍らに置いていたお茶に手を出す。
お茶は寒い冬の外気にさらされて表面が氷かけていた。ため息を吐き、一口含むとキンキンに冷たい。
付けっぱなしのテレビでは年越しの紅白合戦がやっていた。今日は辰年の大晦日。もうすぐ日が変わり、遠い昔に遊楽が最初の転生を果たした蛇年が来る。蛇年の三が日が。
「あ〜ヒマだ。ここ十年くらいかなりヒマで平穏だ。変わり映えがねぇよ。そして蛇年なんか来んな。なぜか忘れたケド蛇年の三が日は憂鬱なんだよ。消えろ蛇、消えろ蛇年の一月三日!」
心の奥底から忌々しそうに吐き捨て、湯のみのお茶を庭にばら撒く。すぐに氷が張った。上を見上げれば雪が降ってきている。
「《無理言うなよ主。あと、この十二年で変わったことなら一度だけあっただろう?》」
「あ゛?なんかあったか?この世界でやれることはもうやりつくした感じだろ? 神社の所有と親の死に駄目親族親権追放以外、なんか変わったことあったか? 今生はまだ誰も殺してねぇし……いや、殺す意味も目的も依頼もなにもなかっただけなんだがね。」
「《その話はどうでもいい。それよりほら、活動的な女性が一度ここに来ただろう?ほら、鳥の名前の策士。》」
空鵺はノドに小骨が引っかかったように云々と頭を抱えて唸る。中性的な子どもは懐から蜜柑を取り出して食べつつ思考を巡らした。
「あ?あ〜…あ、あ〜!…金糸雀か。カナリヤ、かなりや、児童福祉施設・カナリアファミリーホーム。久々に面白いもんが来たもやと思ったっけ。いや〜懐かしい。」
「《ああ…、そうそう金糸雀だ。名前がノドに引っかかって出てこなかったのだ。スッキリしたぜ。》」
その昔、遊楽がこの神社を手に入れてすぐだったか、金糸雀という特異な女性が迷って訪ねてきたことがあった。
話を聞いてみると彼女は孤児同然になった遊楽を探して尋ねてきたという。そして、自分の児童福祉施設に来ないか、と。
遊楽は空鵺と共に一度彼女の施設を尋ね、面白そうだとは思ったが……丁重にお断りして神社のある場所に帰ってきたのだった。
「金糸雀、綺麗な声で鳴く鳥、常識で測れない策士のお姉さんか。ま、僕に“常識”なんてないんだけど。」
空鵺と遊楽は何気なくつけっぱなしのテレビを見やる。
「《おい見ろよ。毎年恒例のゆく年くる年大合唱だ。飽きないね〜…こやつらも。》」
「それが仕事だからな。お、除夜の鐘と清水寺だ。」
ゴーン…、ごーん…、ゴーン…、テレビのスピーカーから鈍い音が鳴り響く。
二人はおもむろにすっくと立ち上がった。
「空、気づいてるか?」
「《ああ、支度だろ?胸騒ぎがする。》」
「僕はそれとドキドキ感。何かが来る。」
「《迎えに、な。》」
「正直やっとか、という気持ちだぜ。」
遊楽は出していた湯呑や菓子類、年越しそばを片付ける。空鵺は必要なものを肩掛けスポーツバックに詰め込み、元の位置で天と神社を見回した。
「《この社はどうする?持っていくか?》」
「出来んの?」
眼だけ見開いて驚く。
「《モチ。オレらの溜めに貯めた神格と霊格、威光その他諸々嘗めんなよ?それくらい、ちょっと代償を貰えれば簡単だ。》」
十五回目の鐘が鳴る。空鵺はニヤリと悪戯っぽく哂った。
「血か?肉か?寿命か記憶か?それとも別の何かか?」
「《今回は“血”だ。少量でいい。契約を履行するにはそれで十分だ。》」
無言で白い神服の袖をまくる。出てきたのは服以上に白く、しなやかな筋肉が着いた細腕。日本人にしては白すぎるその肌は透明に透き通っているようで、血管が浮き出て見えていた。
「噛め。飲め。僕の望みを叶えろ。時間がない。」
「《承知。》」
かぷっ――血が流れ、空鵺がそれを飲みこみ、遊楽が少し眉を動かす。少しして、傷口が何事もなかったかのように消え去る。
空から手紙が降ってきた。白い封筒の手紙だ。
同時に今まで立っていた神社が光に包まれて消える。
軽く百段を越える石畳の階段も、朱塗りの大きな鳥居、つきっぱなしのテレビ、畳敷きの居間、本殿、副殿、凍りついた水を湛える冬景色の庭まで、神社の敷地全てのモノが消えた。
代わりに遊楽の手にあるのはリアルなミニチュア根付の朱塗り門と一通の封筒。
封書には達筆でこう書かれていた
『四十九院遊楽殿へ』と。
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