最遊記

□Love Fighter
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「…何でお前がいんの?」
「八戒の見舞いに決まってんだろ?あいつの怪我は、俺の所為でもあるしな」
「こんな早朝に1人って…昨日の晩から泊まったのかよ⁈」

酔いも完全に吹き飛んだ俺が驚いた声を上げると、眉間に皺を寄せた三蔵はこめかみを手で押さえ唸った。

「でけぇ声を出すな。二日酔いに響く。あいつの部屋で泊まったが悪いか?」
「…俺が不在だって、猿から聞いたって訳ね。勘弁してくれよ…」
「悟空は俺に何でも話してくるからな。俺に知られたくなければ、猿に言わないこった」

弱り切った声で文句を言う俺に、三蔵は得意げに忠告した。
前髪を掻き上げるように額を手で覆うと、呆れるあまり大きな溜息を落とさずにはいられなかった。

「…怪我人を抱きに来るって、鬼畜過ぎるだろ?」
「抱いてねーよ。あまり追い詰め過ぎたら、あいつは自殺しかねんしな。だから俺も、長期戦に変える事にした」

予想外の言葉に項垂れた頭を持ち上げれば、先程とは違い、鋭い視線に捕らえられる。

「『俺も』って…」
「俺が短期戦で敗退するのを待ってただろうが、そうはいかねぇよ」

戦線布告、という事だろう。
俺達はお互い、八戒を巡る思惑に薄々は気づいていたが、今まで正面切ってそんな話しをした事もなかった。
三蔵の心境に何があったのか?

「にしても、お前が胸の内を明かすなんて意外というか、妙にご機嫌だし?実はまだ酔ってるとか?」
「な訳ねーだろ?てめぇと同じで、開き直ったまでだ。ま、久々に美味い朝飯が食えて、機嫌は悪くはなかったさ。お前を見るまではな」

茶化し気味に訊ねれば、三蔵はウンザリとした様子で紫煙を吐きながら言った。
白い陽射しを背にした三蔵は黄金の髪を後光のように輝かせ、端麗な顔立ちをより一層際立たせている。
今まで内に秘めていたモノを全部吐き出したような、片意地を張るのを辞めたような三蔵の言動が、早朝の爽やかな景色と相まって妙に清々しく感じられた。
そのせいで俺の気分は、朝の新鮮な空気に似合わないくらい、どんよりだ。

「…さいですか」
「分かったらそこを退け。邪魔なんだよ」

俺を道端へ追いやるように三蔵は突き進むと、振り返る事なく悠然と去って行った。

家に帰り台所を覗けば、八戒は食器を洗いながら肩越しに振り返り笑顔で迎えた。

「あ、お帰りなさい。早かったですね。朝ご飯食べます?」
「…いや、いい。茶だけくれる?」

お前が心配だったから、早めに帰って来たんだけどな。

安静にしてろと言っても聞かず、朝から台所に立っている八戒に、俺は諦めて心の中でそう呟いた。
口に出さなかったのは、言えばまた「大丈夫ですって。心配し過ぎなんですよ、悟浄は」と返してくるのが目に見えていたからだ。
実際、八戒の顔色は良く、疲労感も無い様子だった。
あの鬼畜坊主が嘘だろ?と疑いさえしたが、成る程。
確かにこの様子だと、抱かれてはなさそうだ。
俺が食卓席に着くと、八戒は片手で松葉杖をつきながら、二つの湯呑みを盆に乗せて器用に運んで来た。
俺の前にその一つを差し出した八戒は、向かいに座ると一息つく様に茶を啜った。

「帰り道で三蔵と会った。朝飯、美味かったって」
「…あ、えぇ。お味噌汁が口に合ったようで、お代わりをしていきましたが」

無関心を装いつつ報告すれば、少しの動揺を誤魔化すように曖昧な笑顔を向ける八戒。
だが、その笑顔は普段三蔵の事を話す時とは違い、無理矢理作られたものではないと気付いた。
どうやら雰囲気が少し良い方に変わったのは、三蔵だけではないらしい。
『あまり追い詰め過ぎたら、あいつは自殺しかねんしな』
あの言葉から察するに、ここに来た三蔵に何かしら追い詰められたのは事実だろう。
だからその後に三蔵のフォローがあったんだろうと、機嫌よく台所に立つ八戒を見た瞬間に判った。

「何か、三蔵にいい事でも言われた?」
「…え?…どうして…」
「何となく。無理には聞かねーけど…良かったな」

気になりはしたが、八戒が返答に困った様子だったので、素っ気なくそれだけ返した。
驚きで瞬きさえ忘れて見つめてくる湖水色の瞳から、視線を外す為に湯呑みに手を伸ばす。

「ごちそーさん」

茶を一気に飲み干して席を立ちかけた時、静かな声が掛けられた。

「僕って…正直、三蔵に嫌われてるんじゃないかって思ってたんです。けど、『気に入ってる』って言われてちょっと安心したっていうか…」

突然の告白に驚いて八戒を見れば、苦笑いを向けられた。
脱力するように再び席に着いた俺は、心の中で激しく突っ込まずにはいられなかった。

おい、どう見たって嫌われてねーだろ?
あいつが嫌がらせで抱いてると思ってたってか?
…まぁ、あいつ超ドSそうだし?
無理矢理的な抱かれ方されたら、そう感じるのかも知れねーけどよ。
お前と気まずくなるのが嫌だから、そこには触れないでいたけどさぁ?
俺が二人の関係に気付いてるのは、お前も薄々承知なんだろ?
俺が優しいから、深く突っ込まないと思って言ってる?
三蔵の長期戦宣言から察するに、どっちかっつーと真逆で、『三蔵に愛されているかもと不安だったけど、そうじゃないって言って貰えて安心しました』
ってのが本音だよな?
そーゆー勘は、結構鋭いのよ?俺。

「…そりゃあ、良かったな」

頬を無理矢理引きつらせて笑顔でそう返せば、八戒は申し訳なさそうに微笑んで頷いた。

どうせ、あいつに告られでもして追い詰められたんだろ?で、姉以外は愛せないからとかで拒絶して、挙句には『気に入ってる』レベルの友愛告白にまで引き下げさせたんじゃねーの?

絶対そうだろうよ、と内心毒づいた。
だが、本気で安堵した様子の八戒を見れば、そうであって欲しいと願うあまり、強力な自己暗示を掛けているのではと疑いさえしたくなる。
三蔵に一瞬同情すらしたが、あの開き直った態度はまだ諦めてないようだ。
そのタフさに、敵ながら天晴れと思った。

そんな過去を思い出しながら、現状をぐるりと見渡した。
鍋を囲んだ右側にはおでんを口いっぱいに頬張るバカ猿が、向かいには無言で食べる三蔵と、左側には八戒が小さく切ったおでんをジープに与えながら、楽しそうに食事をしている。

恋は障害がある方が燃え上がりもするが、障害が多過ぎるのはいかがなものか?
死んだ恋人、鬼畜坊主、利口なペット…三者三様の厄介なライバル達が相手となると、正直、気分も滅入る。
どうしてこんな面倒臭い相手に惚れてしまったのか…。

「悟浄、なに溜息ついてんだよ?箸も止まってるし。食欲ねーなら、俺が食おうか⁈」

いい事を閃いたとばかりに、悟空は俺の分まで食べる勢いで鍋からおでんを次々と自分の小鉢に入れた。

「食うに決まってんだろ⁈ちったぁ遠慮しろ‼バカ猿‼」
「バカ猿じゃねーよ‼ぼーっとしてた悟浄に言われたかねーよ‼バカッパ‼バカゴキブリ‼」
「ぎゃあぎゃあ煩ぇ‼二人共ぶっ殺すぞ⁈」
「まだ沢山ありますから。まるで兄弟喧嘩じゃないですか」

俺たちのやり取りを、八戒は鈴を転がすような声でクスクスと笑った。
視線を鍋から八戒に移せば、向けられていた美しい湖水色の瞳が、幸せそうに一層細まる。
ずっと見つめていたいと思った瞬間、低い声が邪魔をした。

「八戒、酒」
「あ、はい」
「キュー」
「ジープはお代わりですね?次は何にします?」

忙しなく世話を焼く八戒に、世話されて当然という態度の三蔵とジープ。
俺が不満げな視線を投げれば、ジープは俺を一瞥しただけで無視を決め込み食べ始める。
三蔵に至っては酒を呑みながら「ジロジロ見てんじゃねーよ。クソゴキ」と言い捨てる始末だ。
全く、何処までも太々しい。

…けどまぁ、それでも最後は俺が勝つつもりでいるけど?
根拠も策も無いけれど…。

奴等に遅れを取ってはなるかと、気持ちを切り替えておでんを口に頬張る。
『ゴキブリ上等。しぶとさだけは、負けねーからな‼』と心の内で決意した。


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