最遊記

□Lies and Truth
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長閑かな昼下がり、慶雲院の執務室に意外な訪問者が現れた。

「あ、悟浄‼」
「おー。元気にしてたか?」

悟浄は寄ってきた悟空の頭をクシャッとすると、執務机から怪訝な視線を向ける三蔵に近づいた。

「どうしたの?一人で来るなんて珍しいじゃん」
「三蔵サマに、任務完了の報告ってな」

悟浄はジャケットのポケットから取り出した金の仏像を、三蔵の目の前に置いた。
数日前、三蔵は寺院に訪れた八戒に、悟浄と二人で窃盗品であるそれを回収をするよう依頼していた。
だが、普段報告に来るのは八戒一人だ。

「八戒はどうした?」
「夜に足を挫いてさ。朝一で病院に連れてったら、全治一ヶ月の骨折だとよ。だからそれまでは、ココにも来れそうに無いから」

悟浄のシニカルな笑みは、普段よく見受けられるものだ。
しかし、どこか棘を含んだその発言に、三蔵の眉間の皺も深まる。

「八戒は大丈夫⁈もしかして、三蔵の依頼で大怪我をしたの⁉」

三蔵が不満を口にするより早く、悟空が驚きを露わに二人の会話に割って入った。

「足以外は無傷だから安心しろって」

面倒臭げな悟浄の言葉に胸を撫で下ろす悟空。
依然として睨みを利かす三蔵に向き直った悟浄は、ウンザリと口を開いた。

「実は八戒に、怪我は自分の不注意だから依頼と無関係だと言ってくれって頼まれたけど、この際だから言わせて貰うわ。奴にあんま、無茶させんなよ?」
「保護者気取りか?第一貴様がついていながら、その責任転嫁で八つ当たんじゃねーよ。治療費の請求は寄越すよう、あいつに伝えろ」
「ねぇねぇ‼今日、お見舞いに行っていい?」

二人の険悪なムードを無視して、悟空がまた話に割って入る。
その心配そうな瞳に毒気を抜かれた悟浄は、三蔵との応戦を諦める事にした。

「おー、来な。八戒も家で暇してるから、喜ぶと思うぜ?」

悟浄が苦笑して答えると、悟空もパッと笑顔を咲かせた。

「三蔵も一緒に行こうよ⁉」
「暇じゃねぇんだよ。勝手に行ってこい」

無邪気に誘う悟空に、三蔵は溜め息混じりに言った。


「八戒、お見舞いに来たよ!」

玄関先からバタバタと足音を立ててキッチンに飛び込んで来た悟空に、八戒は目を瞬かせた。

「足、大丈夫⁉」
「え?…えぇ」
「ただいまー…って、何やってんの?」

数秒遅れで姿を現した悟浄は、台所に立つ八戒を見るなり呆れた声を出した。
八戒の傍には火に掛けられた大鍋があり、隣には松葉杖が立て掛けられている。
八戒は鍋の中に入れたお玉の柄を握ったまま、不満げな視線を突き刺す悟浄に曖昧な笑顔を向けるしかなかった。
返答に困っている八戒に代わり、悟空が得意げに口を開く。

「カレー作ってたんでしょ⁉俺、玄関入ったらすぐ判ったよ?すっげー旨そうな匂いがしてたから。判らないなんて、悟浄の鼻悪過ぎ」
「お前の嗅覚が異常なんだろ?ココまで来りゃ俺だってカレーだって判る…って、そういう意味じゃねーよ」

呆れる悟浄を無視して、悟空は駆け寄って鍋の中を確認した。
「やっぱカレーだ!晩御飯、食べてっていい⁉」と、嬉々とした笑顔で見上げられた八戒は、「あ、はい…」と反射的に頷いた。
八戒は己が弁解するまで依然として白い目を向け続けるであろう悟浄に、参った様子で白状した。

「暇だったんで…日持ちするカレーでも作ろうかなー、なんて」
「デリバリーでピザでも頼むから大人しく寝てろって、言ったよな?腫れが酷くなるぞ?」

八戒の誤魔化し笑いを遮るように、悟浄が苛立ち気味に言葉を返した。

「このくらいじゃ悪化しないですよ。朝昼と台所に立ってなかったら、料理したくなっちゃって。コンビニ食やデリバリーが続くのはちょっと嫌かもと思っちゃったもので…スミマセン」

頭を掻きながら申し訳なさそうに苦笑いする八戒に、悟浄は脱力気味に肩を落とした。

「あのなぁ…。言ってくれれば、カレーくらい俺だって作れるっての。昨日だって、痛みで殆ど眠れてないんだろ?頼むから無茶すんなよ…」
「さっき少し寝たんで大丈夫ですよ。腫れや痛みも随分引いてますし…妖怪になった所為かも知れませんが、正直、自分の回復力に驚いてて。決して無茶してる訳じゃないですから」
「…。」

八戒の痩せ我慢も顔色の悪さから殆ど眠れてなかった事に気付いた悟浄なだけに、今の八戒を見ればその言葉が嘘ではないと判ってはいた。
しかし、己が忌み嫌う妖怪である事を再認識したように自嘲的な笑みを一瞬こぼした八戒に、悟浄は返す言葉を見つけられずにいた。

「それはそうと、何ですか?それ」

八戒の自嘲は無意識のものだったのか、それとも悟浄の思い過ごしか。
次の瞬間、八戒は興味深げに悟浄が手に下げていた紙袋を指差した。

「?…あぁ、コレ?コーヒー淹れるから、座って」

我に返ったように悟浄は答えると、底の広い紙袋を手前のテーブルに置いた。
紙袋には有名な高級洋菓子店のロゴが描かれていて、テーブル席についた八戒が中の箱を開けると、多種多様のスイーツが豪華に敷き詰められていた。
色とりどりのフルーツで装飾されたケーキはどれも宝石のように美しく、値段もそれ相応にするものだ。
以前、買い物中の八戒の目に留まったその洋菓子店がセレブ御用達の店だと教えたのは、同行していた悟浄だった。
足を止めて壁ガラス越しに店内を覗く八戒に、悟浄は「気になるなら買ってみる?」と訊ねたが、八戒は「値段に驚いただけで、食べたい訳じゃないですから」と苦笑いでその場を離れた。
本当は、ショーケースの中のケーキが綺麗だったので目を引かれた八戒だったが、悟浄に遠慮しての事だった。

「三蔵に、『八戒の好きそうな食べ物でも買って行け』ってお金貰ったから、悟浄のお勧めのケーキ屋さんにしたんだ」

驚く八戒に、悟空が嬉しそうに説明をした。
八戒が戸惑い気味に悟浄を見れば、悟浄はコーヒーを淹れながら補足を口にした。

「前にほら。買ってやるっつったら遠慮しただろ?だから、見舞い代からなら文句ねぇと思って。こいつが食べたいの色々選んだんだわ」
「…三蔵に、話しちゃったんですか?」
「だって、あいつに見え透いた嘘をつくのは勘弁だし?治療費もちゃんと請求しろってさ」

煙草を咥えた口端をニィッと引き上げる悟浄に、八戒は観念した様子で苦笑いを浮かべた。


夕食を食べ終えた悟空が帰る事になり、夜道を一人で帰すのが心配になった八戒は、悟浄に送って行くよう頼んだ。
快く引き受けた悟浄が「送ったついでに朝まで賭博してくるわ。お前も今日は早く寝ろよ?疲れが顔に出てっから 」と念を押すように言えば「…すみません」と八戒は眉を八の字にして弱く微笑んだ。

漆黒の空に満天の星が輝く頃。
八戒はベッドで独り、寝る前の習慣になっている読書に耽っていた。
足は不自由だけれども、心配してくれる悟空や悟浄の気遣いが嬉しくて、八戒の心は夜の静寂を映し出すように穏やかだった。
悟浄との関係がギクシャクしていた一カ月前では想像出来ないなと、八戒の口元には自然と笑みがこぼれた。

朝帰りが増え、すれ違いの生活を続ける悟浄に、僕は避けられているんだと感じた。
三蔵との関係を知られて嫌われているならと、この家から出て行くつもりでいた。
そんな時、悟浄の知り合いに薬を盛られ、気を失うという被害にあった。
意識を取り戻した時は自室のベッドにいて、その脇から心配そうに見つめる悟浄に手を握られていた。
よほど責任を感じたのか、それから悟浄の態度は明らかに変わった。
家に居る時間がずっと増え、嫌われていると感じたのが嘘のように、悟浄との仲は今までに無いほど良好になった。
そして僕も、出て行こうと思う事すら無くなっていった。
三蔵との関係は、何一つ変わらないのだけれど…

八戒の表情は暗くなり、弱く溜息が落ちる。

今日は怪我で会いに行けないという口実が出来た事に、正直ほっとしていた。
何故、三蔵が僕を抱くのか判らない。
それが救う為ではなく、戒めや嫌っての行為であっても、罰を受けて当然なのだからと諦めがつくし、単に性欲の捌け口として都合のいい相手が僕だったという理由でも、軽蔑はするけれどまだ受け入れられる。
けれど、それだけじゃない気が最近はして…

只の思い過ごしであって欲しいと、八戒はこれ以上は考えたくなくて、無理やり読書に集中しようとした。
とその時、玄関の扉を叩く音が聞こえた。
こんな夜更けに誰だろうと、八戒は松葉杖をついて玄関に向かった。
怪我で独りという状況下、警戒した八戒は玄関の覗き穴を静かに覗いた。
外の人物の正体に動揺した八戒は、扉を開ける事を躊躇した。
何故ならそれは、今一番会いたくない三蔵だったからだ。
しかも悟空を連れておらず、悟浄も不在ときている。
寝ている事にして出ないという選択肢も一瞬頭に過ったが、緊急を要する重大な話があって来ているのなら、出ないわけにもいかない。
考える事数秒。
突如、扉を激しく一撃したノック音に、八戒の肩がビクリと揺れる。

「そこにいるんだろ?ドアを壊されたくなければ、早く開けろ」

本気を匂わす声で言われ、焦った八戒は急いで扉を開けた。
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