最遊記

□BE HERE
2ページ/9ページ



「僕はまた、救えなかったんですね」

恋人の遺体が跡形もなく焼き払われた荒野に絶望し、力無く地面に両膝を付く悟能は遠くを見つめ、そう呟いた。

「俺が経を読むのは、死んだ者の為じゃない」

そうさ、悟能。お前だけの為に、俺は一語一語強く念を込めて経を読む。
死者を慰め成仏させる為ではない。
俺の経は、悟能を死へと引きずり込もうとする魔物を払う為の呪禁。

この俺が、どんな事をしても必ず救ってみせる。

俺は経を読みながら、何故かその想いが強まっていくのを感じた。

「…気は済んだか?」
「有難う…ございました。これで心残りは無くなりました」

読経を終えて傍に歩み寄る俺に、悟能は静かな口調でそう述べて立ち上がった。
しかし突然そのまま背後へと倒れかけ、俺は咄嗟に抱きとめた。

「オイ‼大丈夫か⁈」

悟能の腹部に回した俺の手に、生暖かいヌルリとした感触が伝わる。
手の平が真っ赤に血塗られていてハッとした。
いつ腹部を傷つけたのか?
服をたくし上げると包帯が巻かれてあり、ズレて出来た隙間から醜い傷口が覗いていた。
蒼白な顏で意識を失っている悟能に、悟浄が叫びながら駆け寄る。

「悟能‼どうしたんだ⁈」
「悟浄、この傷は何だ?」

悟能を地面に横たえた俺は緩んだ包帯を結び直す為に、血でべとつく結び目を解いて傷口を見せた。

「一ヶ月前の傷が開いたんだ。無茶しやがって…‼」
「こんな雑な縫い方じゃ、直ぐに傷が開いて当然だ。…てめぇがしたのか?」

俺は包帯で素早く止血し直しながらも責める口調でそう言うと、奴は切れ気味に突っかかる。

「そうだよ‼じゃなきゃ手遅れで死んでた‼医師にも診せたが問題ないと言われたんだ。悪いか⁈」
「そいつはヤブだろ?今から傷を塞いでも、お前のつけた醜い縫い跡は消えねぇな」
「⁈」

包帯で応急処置をした俺は悟浄を睨みつけると、悟能を抱き上げた。

「悟能をどうする気だ⁈」
「ここから近い知り合いの医師に診させる」
「待て、俺も行く‼」

一刻も早く先を急ごうとする俺の肩を、悟浄の手が掴んで引き留めた。
両手が塞がり払い退けることが出来ない俺は舌打ちすると、睨め付けながらドスを効かせた声で言い捨てる。

「これ位じゃ死なねぇし、てめえが来ても屁の役にもならねぇよ。目障りだ。とっとと帰れ‼」
「助けて…死刑なんて事にしねぇよな⁈」

俺を信用出来ないと云わんばかりに、肩を掴む手に力を込める悟浄。
苛立った俺は、奴の不安を煽る言葉を吐いた。

「言ったはずだ。三仏神への連行が俺の役目で、それ以外は判らんとな。これ以上邪魔をするなら、ここで猿に伸されるか?」
「…頼む。こいつを…救ってくれ‼」

渋々と手を離し必死の形相で懇願する悟浄にフンと鼻を鳴らすと、俺は無言で歩みを進めた。
出会い頭からは想像もつかない、あの何処か冷めた態度とは別人だと思わせる今の悟浄に、何故か黒い感情が込み上げた。

てめえに云われる迄もねぇよ。

立ち尽くしながらも、鋭い視線を俺の背中に突き刺す悟浄に、そう心の中で毒づいた。


斜陽殿で大罪人に、処罰の判決が下された。
内容は、悟空の時の様な永遠に続く封印だ。
仏教は死刑は出来ない。
情状酌量を考慮しても、前代未聞の大罪人に対しての処罰としては打倒な判決。
しかしそれは、死罪よりも残酷な判決に思えた。
隣の大罪人に目をやれば、薄く笑みを口元に浮かべていた。
その罰が本望だとでも言うかの様に。
その様子に怒りが込み上げた。

てめぇの希望を叶えてなんざやらねぇ。甘いんだよ。

俺は即座に保護観察処分という、無罪放免に近い内容を提訴した。
面倒事を最も嫌う俺が、らしくもなく必死に大罪人を擁護して、全責任を負うとまで言いきる。
俺の性格を把握している三仏神や僧侶全員が、その様を見て驚いた顔をするのは当然だ。
しかし、内心一番驚いたのは悟能だろう。
静かに話を聞いているだけで無言で判決を待つその顔は魂の抜けた人形のようだったが、重い処分が覆された時、俺を見る奴の瞳が恨めしいモノに一瞬変わった。


無罪放免に近い判決を心から喜んだのは、悟空唯一人だった。
大量殺戮者である悟能を一瞬観ただけで悪い奴じゃないと判断出来たのは、サルの野生の勘なのだろうか。
周りの僧侶達に煙たがられている悟空は奴等とは関わらないように寺院では過ごしていたが、大罪人である悟能には警戒心もなく無邪気に懐いた。
綺麗な瞳が片方だけになった事を、酷く残念がった。
悟能はそんな悟空に柔らかい笑みを見せる。
無知で好奇心旺盛なサルは、くだらない疑問を知識豊富な悟能に色々尋ねた。
事件を起こす前までは子供達の先生をしていただけあって、ガキの扱いには慣れている様だ。
普段俺が面倒臭がり取り合わないようなどうでもいい質問にも、悟能は悟空の視線に合わせて膝を曲げながら優しく説明する。
傍から見ればそれは、完全に先生と生徒の関係だ。
元々は子供達に好かれるような、優しい心の持ち主なのだろう。
悟空に語りかける悟能の眼差しは、遠い昔に自分に向けられた懐かしい笑顔を思い出させた。
慈しむ様な優しい瞳。
その瞳を再び揃えたいと思った。2つ揃えば、どんなに綺麗だろうかと。
しかしその笑みは俺と目が合えば、途端にぎこちない物に変わる。
戸惑いを隠し切れずに無理矢理作られる笑顔に、内心舌打ちした。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ