最遊記外伝

□薄められる罪と罰
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捲簾は流し台に置いてあるインスタントコーヒーの粉を使って、2人分のコーヒーを作った。ソファーにいる無言の天蓬にコーヒーを手渡すと、向かいのソファーに座る。
両手にカップを包み込んだまま視線をコーヒーに落として動かない天蓬に、捲簾は手にしたコーヒーを一口飲むと声をかけた。
「どんな奴だったの?そいつ」
天蓬は溜め息混じりに重い口を開いた。
「大将に就任したての、実績も何もない僕に、よく懐いてくれてました。僕の仕事を積極的に手伝ってくれたり、喉が渇いたなぁって思った時に何故か必ず、タイミングよくお茶やコーヒーを出してくれましたね」
そう言って一口飲んだその口元は、薄っすらと弧を描いている事に捲簾は気づいた。
「インスタントなんですけど、僕が作るよりよっぽど美味しいコーヒーを作るんです。材料は同じものなのに、不思議ですよね」
捲簾のカップを口に運ぶ手が止まった。そのままそれを、センターテーブルに戻す。
「…好きだったの?そいつの事」
何処か不機嫌なような捲簾の低い声に、天蓬は顔を上げて捲簾を見た。
「?ええ、他の部下同様に、好感はもってましたよ。オマケに貴方と違って、可愛げはありましたから」
そう言ってヘラっと笑う天蓬に、捲簾は溜め息をついた。
「恋愛感情は無かった訳ね。報われない奴」
「勘違いしてませんか?女性の軍人ではないですよ?彼は男です」
「ンなこたぁ判ってるよ。ニブチン」
「誰がニブチンですか⁈訳のわからない事を言わないで下さい!」
ムッとしだした天蓬とこれ以上無駄なやり取りはごめんだと言う様に、捲簾は新しい煙草を口にした。近づける炎に視線を落としながら問いかける。
「で?なんで死んだ訳?」
捲簾は煙草の先端に合わせた視界の端に、天蓬の両手がカップをぎゅっと握り締める様子を捕えた。
コーヒーに再び注がれた瞳は、キツく寄せられた眉によって細められている。
「…信頼して、戦場でも任せるようになったんです。彼は僕の期待に応えようと必死に働いてくれた。…僕も彼の成長していく姿が嬉しかった。安心していたんです。そんな頃、大型妖怪に苦戦を強いられる事態に陥って、彼は無茶をした。僕の制止を無視して、敵の罠に掛かってしまったんです」
天蓬は落ち着くために、コーヒーを一気に飲み干した。
「僕は助ける為に、罠の張り巡らされた彼のいる場所に駆けつけようとしたんですが…」
感情を押し殺した様な淡々とした口調とは裏腹に、天蓬の顔色はどんどん悪くなっていく。
「彼は僕の身を案じて、自ら命を絶ったんです。…その後直ぐに、天界で僕達の状況の報告を受けた敖潤が、一時撤退の命を下したので、僕は部下達によって強制的に連れ戻されました。…再び現場に戻った時には、彼の屍は何処にも見当たらなかった」
捲簾が真っ直ぐ見つめる中、天蓬は膝の上で震える両手を抑えるようにキツく握り締めて、俯いた顔で覆った。

天蓬の心に、やるせない怒りが湧き起こる。一度溢れてしまった感情を、もう抑える事が出来なかった。
「後悔してるんです‼ずっと、あの時から!何故彼に任せてしまったのか⁈信用して任せなければ、彼は死なずに済んだのに…」
丸められた華奢な背中が、微に震えている。
「血を浴びた手を見ると思い出すんです。今も瞼に焼き付いて離れない。彼の最期の顔が…涙を流しながら微笑むんです…『すみません』って謝る声が、耳から離れない…」
「ひでぇ奴だな。そいつ」
天蓬の弱く震える声に、捲簾は舌打ちをして吐き捨てる様に言った。
「如何してです?」
天蓬が思わず赤く潤んだ瞳を捲簾に向けると、その顔は眉間に深い皺をよせている。
「悲痛や無念な顔じゃなくて、微笑むなんてよ。そんな事されれば、一生忘れられるわけがねーよ。だろ?」
「…そうかも知れません。僕は一生、この呪縛から逃れられないんだと思います。僕の犯した罪ですから、悪夢を見る罰を受け続けないといけないんです」
天蓬の自嘲めいた口調が、無償に腹立たしかった。

ダンッ‼

捲簾は組んでいた脚を乱暴に手前のテーブルに振り落とした。その大きな振動でテーブルに置かれていた彼のカップから、コーヒーが激しく飛び散る。捲簾は立ち上がると長い腕を伸ばして、驚いて固まっている天蓬の胸ぐらを掴んだ。
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