最遊記

□TURNING POINT
1ページ/4ページ

「三蔵、大丈夫ですか?凄くうなされてましたけど」
「あのまま目を覚まさなかったらって、心配したんだからな‼…って、おーい?」
「まーだ寝ぼけてんじゃね?…何だよ、その顔は」
「…あんた達、誰なんだ?」
「「「…は?」」」

記憶を奪う妖怪のせいで、三蔵は記憶喪失になった。

『幼児期まで記憶を奪って、戦闘不能にしてやる‼ガキになって泣き叫ぶお前達を、いたぶり殺してやるぜぇ‼』

と豪語していた敵は、どうやら死ぬ直前に悪足掻きで術を使ったようだ。
至近距離でそいつの額に風穴を開けた三蔵はその場で倒れ、俺達は意識不明の三蔵を宿まで運んだ。
三蔵がうなされて目覚めたのは、翌日の昼前だった。
不幸中の幸いと言うべきなのか、三蔵の記憶は、師匠を殺害されて経文探しの旅を始めた辺りまで残っていた。
だが、殺しの記憶が一切ないせいか、修羅場を潜り抜けて来た本来の三蔵とは表情や眼光も随分と違った。
ガキの頃の環境が人格形成に大きく関わる事を考えれば、それも当然なのだろう。
話し方にも若さがあり、図体のデカいクールなガキといった印象だ。
記憶の欠如で、精神年齢も同様に13才まで下がっていてもおかしくない。
だがそこは流石と言うべきか、その年で三蔵の後継者に選ばれただけの事はある。
八戒が事の経緯を話せば、三蔵は冷静に判断し、己の置かれている状況を理解した。
銃の扱いを忘れていても魔天経文が使えるのなら、仮に記憶が戻らなくとも大して支障はないだろうと八戒は言った。
そして、「貴方は器用ですから、少しの特訓で直ぐに銃も使いこなせるようになりますよ。僕が手伝います」と、ナーバスになっている教え子に自信を与える先生のような笑顔で断言した。

あー、なんか八戒サン。特訓スイッチ入って嬉々としてない?

錫杖と如意棒の過酷な特訓を思い出して悟空に苦笑いを向ければ、言わずもがな悟空も俺を見て顔を引きつらせていた。

「けど先ずは、記憶が戻るかあらゆる事を試してみましょう。三蔵、コレ持って」

八戒は何処からともなく取り出したハリセンを三蔵に渡した。

「これは…何だ?」
「やはり覚えてないですか。ではこのハリセンで、二人の頭を思いっきり叩いて下さい。遠慮はいりませんよ?でないと小気味良いい音が出ませんから」

戸惑う三蔵に、八戒はニッコリと笑顔で言った。
三蔵が愕然とするのも無理はない。
ハリセンを振り回すなんて、「ザ・ドリ○ターズのリーダーかよ⁉」って、誰もがツッコミたくなる芸当だ。
大人になった自分がそんなコントに走っていたなど、ショック極まりないだろう。

「…俺は、そんな事をしていたのか?」
「はい。銃と同じで袖口から取り出して、『馬鹿ザル‼糞ガッパ‼』と怒鳴りながら再現して下さいね?」

事実を受け入れ難くて声を震わせる三蔵に、八戒は満面の笑みで追い打ちをかける。
青ざめた俺は、その指示に待ったをかけずにいられなかった。

「ちょっと待て‼いきなりそれから試すか⁈まずはマルボロ吸わすとか、好きな酒を飲ますとか、ハゲ頭とかチェリー坊主とか言ってみるとか色々あるだろっ…ってっ‼てめぇ、いきなり何しやがる⁈」

話の最中に後頭部を思いっきりハリセンで殴られ、俺は振り返るや三蔵を睨んだ。

「…悪い。何か知らねーけど、ムカついたから、つい」
「キレの良いスイング、タイミング、完璧です‼三蔵、何か掴めそうですか⁈次は悟空の頭で試してみましょう‼」

バツが悪そうに俺から目をそらす三蔵に、八戒は目を輝かせて言った。
先程まで俺達の掛け合いに唖然としていた悟空も、今度は自分が標的になると知ってあたふたし出した。

「えー⁈やだよ‼あっ、先にマヨネーズ飯食わせてみるとか、他にもあるじゃん⁈」
「マヨネーズ飯はコレステロールの取り過ぎになるので、試すならそれこそ後です。酒やタバコも心が13の三蔵に勧めるのはどうかと思うので、まずは健康に害のない事から試すのが一番かと」

真面目な面持ちで八戒は嫌がる悟空を諭した。
家族の健康を第一に考えるオカン思考な八戒に、三蔵が引き気味に言った。

「…あんた、楽しんでない?」
「やだなぁ、貴方の記憶を取り戻すのに一生懸命なだけですよ?あ、僕達の名前も呼び捨てで呼んでみてください。何か思い出すかも知れませんし」

悪びれる様子もなく笑顔で答える八戒を、三蔵はまじまじと見た。
そして恥ずかしそうに頬を朱に染めながら視線を落とした三蔵は「八戒…」と、ポツリと言った。

…へぇ。やけに素直じゃん?

俺の皮肉な感心とは違ってその素直さに満足気な八戒は、嬉しそうに「はい」と答えると、次は俺達の方に手の平を向けた。

「じゃあ、あの二人にも」
「悟空…悟浄」
「まだぎこちないですけど、呼び慣れたら思い出すかも知れないんで。沢山名前を呼んで下さいね?」

俺達を見ながら控えめに名を呼んだ三蔵に、八戒はいつもの笑顔でそうアドバイスした。
そんな八戒に不思議そうな面持ちを向けた三蔵は、躊躇いがちに口を開いた。

「あんたってさ…誰かに似てるとか言われない?」
「『誰か』って、誰です?」

不意な質問に、澄みきった湖水色の瞳をぱちくりさせる八戒。
その表情を見れば、言われた事がないのは一目瞭然だ。

「…いや、何でもない」
「気になるなぁ。あと、三蔵は僕達には『あんた』より『お前』や『貴様』、『てめぇ』呼びでしたので。抵抗があるかも知れませんが、その呼び方も試してみて下さいね?」

三蔵が視線を逸らして言葉を濁せば、八戒は眉を八の字に下げた笑顔でそう言葉を返した。
三蔵はその笑顔にも何か言いたげに見つめていたが、悟空のいつもの決まり文句が二人の間に割って入った。

「なぁ、八戒。飯にしようぜ?腹減ったー‼」

記憶喪失騒動で昼メシどころではなく、一時間以上は話し込んでいた。
だが、限界とばかりに腹の虫を大きく鳴らす悟空に、八戒はクスッと笑った。

「そうですね。じゃあ、悟空。僕が料理をするので、キッチンを借りれるか受付で聞いて来て下さい」
「マジ⁈やりぃ‼すぐ聞いてくる‼」

悟空が元気良く部屋を出て行ったのを見届けた八戒は、次に三蔵と目を合わせて優しく微笑んだ。

「貴方の好きなマヨネーズ料理も作りますね?僕の味で、記憶が戻ればいいんですけど」
「…あり…がとう、八戒」

…信じらんねぇ‼
あの高慢ちきな三蔵様が、絶対言わねーセリフだろ⁈

見た目は変わらないのに言動は完全に13のガキでやけに素直なもんだから、頭がついていけずに軽く面食らう。
頬を淡く染めながら視線を逸らした三蔵のその一言に、八戒も驚きで目を見開いていた。
が、次の瞬間、八戒は嬉しそうに目を細めた。

「フフッ」
「…何だよ?」

鈴を転がすような笑い声を漏らした八戒に、三蔵は不貞腐れ気味に突っかかった。

「スミマセン。貴方が可愛いくて、つい。『ありがとう』って言葉も、初めて聞きましたし。あ、『すまんな』や『サンキュー』は、たまに言ってくれますけど。江流時代は、言葉使いもまだ悪くなかったんだなぁって」

『可愛い』って、大人の見た目は完全無視だな。
しかも、その『すまんな』や『サンキュー』も、八戒にしか言わねーけどな‼

そう喉元まで出かけたツッコミは、質問が返ってきたら面倒なんで止めた。
謝りつつも依然ニコニコな八戒に、三蔵は思慮深く口を開いた。

「…江流の名前は、誰から聞いたんだ?」
「貴方からですけど…何故ですか?」
「…別に。何でもない」

キョトンとして答える八戒に、三蔵はまた視線を外して話を切った。
胸の内を簡単にさらけ出さないところは、今も昔も変わらないってか。

「気になる事は何でも聞いて下さいね?掛けられた術が不完全なら、些細なきっかけで記憶が戻るかも知れませんし」

八戒も三蔵の性格を考慮したのだろう。
壁を作ったように押し黙る三蔵に、笑顔だけ見せてそれ以上は追求しなかった。

八戒は宿にあった食材で、三蔵に作った事のある料理を再現した。
どれも美味しいと言う三蔵だが、記憶は蘇りはしなかった。
そして皆の食事が終わると、八戒はこう切り出した。

「記憶を呼び起こすには、もっと刺激的な体験の方が有効かも知れませんね。それに、敵がいつ来るか分からないんで、今から特訓しましょう。悟浄と悟空も、手伝って下さいね?」
「…あのぉ、八戒サン?手伝うって、的になるって事じゃあ…」
「えぇ。二人共、三蔵の弾を避けるのは得意でしょ?記憶を呼び起こすには再現が重要ですから。大怪我しても僕が手当てをするんで、安心して下さい」

有無を言わせない鉄壁の笑みで容赦ない事を言う八戒に、地獄の特訓を経験した俺と悟空は絶句した。

「やはり三蔵は勘がいいですね。これなら実戦でも通用しますよ 」

夕陽も沈んだ頃。
特訓の終了を、八戒は笑顔でそう締めくくった。
だが、俺たち2人を相手に何時間も銃をぶっ放し続けた三蔵は、ゼーハーと肩で息をして何も言えずにいた。
俺は疲れ切って地面に座り込むと、そんな三蔵に普段通りの皮肉を投げた。

「三ちゃん、大丈夫〜?本番で敵を殺すのにビビったりしないでね?」
「ざけっ…んな‼やらなきゃ、やられるのにっ…躊躇う訳ねーだろ⁉それと、変な呼び方はやめろっ…糞ゴキ‼」

疲労で息を切らしながらも負けじと返す性分は、記憶に関係なく健在らしい。

「短時間でこんなにも昔のように打ち解けるなんて、流石です‼三蔵」

特訓の指導者として一人だけ無傷な八戒は、感動した様子で言った。
それには三蔵もゲンナリと地面に尻をついて、不満を漏らした。

「…あんたは、一々褒め過ぎなんだよ。精神年齢が13だと思って、ガキ扱いしてんじゃねーよ」
「スミマセン。けど、素直な貴方が可愛いくて、つい」
「…。」

ヘラっと笑った八戒のこっぱずかしい言葉に、三蔵は面食らった顔をしていた。
俺たち同様に地面にへたり込んでいた悟空も、今はただポカンと三蔵を見ている。

「八戒、保父全開になってっぞ?悟空が拗ねても知らねーからな」
「っ⁈何言ってんだよ悟浄‼べっ…別にっ…俺、拗ねてねーからな⁉」

俺が呆れながら入れたツッコミは、悟空がムキになって否定した。
そのやり取りを八戒は通常運転で受け流したが、三蔵は神妙に受け取っていたようだ。
その夜。
飲食店で夕食を済ませた後、部屋割の相談になった。

「三蔵の記憶の為にも、同室は一通り皆が当たる前提ですが…三蔵は今夜、誰と同室がいいですか?」
「…誰からでもいいけど。同室が多かった相手からでいいよ」

八戒の提案に、三蔵は疲れた様子で答える。
失った記憶を補う為の多量の情報と、ハードな特訓を1日で済ませたのだから、心身共に疲れきっていて当然だ。

「それは、僕だと思いますけど。けど、この旅の前に貴方は寺院で悟空と三年間過ごしてたんで、トータル的には悟空が一番かと」
「じゃあ、今日は俺と同室⁈三蔵、寝るまで寺院の頃の話とか、沢山してあげるね‼」

八戒の説明に、悟空が嬉々として三蔵を見て言った。
だが三蔵は、八戒に視線を戻した。

「…何で、あんたと同室が多かったんだ?」
「三蔵の希望で。安眠を妨害しないのが、僕だけだからでしょう。悟空はいびきや寝相が酷いし、悟浄は夜遊びから帰ってくる時に物音や灯りが鬱陶しいからって」
「やっぱり、今夜はあんたがいい。今日は疲れたから安眠したいし。次は悟空、悟浄の順でいいよな?」

苦笑いで理由を述べた八戒に、三蔵は淡々とした声で言った。
悟空が残念がる中、俺はうんざりと口を挟んだ。

「つーか、4人部屋以外で俺と同室って無かったから、別に俺と無理に同室にしなくてもいいんでない?」
「犬猿の仲ってヤツか?なら、あんたとの同室は必要ないな」
「察しがいいのは、相変わらずだこと」

中身はガキの分際でも憎たらしさは一丁前な三蔵に、俺はニヤリと笑って言葉を返した。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ