最遊記

□Love Fighter
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俺の家にはここ最近、週一ペースで訪れる奴等がいる。
今日も予告無しに玄関の扉が叩かれた。
うんざりしながらも、家主の俺ではなく同居人の名を呼ぶ能天気な声の主を出迎える。

「あ、悟浄。いたんだ?」
「俺の家だぞ?いちゃ悪いか?」

台所で料理中の八戒に代わって扉を開けば、この呆れる反応だ。

「別に。てっきり賭博に出掛けてると思って。あ、めっちゃいい匂い‼お邪魔しまーす‼」

脳が胃袋のバカ猿は嬉々としてそう言うと、俺を擦り抜けて旨そうな匂いのする台所へと駆けて行った。
その後に続いて生臭坊主が無言のまま、しれっとした顔で我が家に足を踏み入れる。

「今日もお勤め帰りに立ち寄ったって訳?」
「あぁ。悟空が立ち寄りたいと言うんでな。文句あるか?」

壁に背を預けて通路を譲る際に嫌味を放てば、三蔵は冷ややかな流し目でそう返した。

立ち寄るってのは、近くまで来たついでの事で、遠回りになってまで来るのはそう言わねーだろ?

呆れながら心の中で毒付けば、三蔵はソッポを向く高飛車な猫の様に目的の場所へと足を進めた。

以前、悟空に何処からの帰りなのかを聞いたら、まるっきり逆の方向だった事が分かった。
三ヵ月前、八戒が怪我で寺院に行けなくなってから、三蔵達はこの家に『立ち寄る』ようになった。
完治した八戒が再び寺院に通うようになってからも、三蔵はこうして来続けている。
しかも毎回、訪問先で貰ったという農作物や海産物、酒などの手土産まで忘れない。
手土産に相応しい貰い物が無い時は、『悟空がコレをお前と喰いたいと言うのでな』と、帰り道にわざわざ店に寄って饅頭などを買って来たりもする。
その手土産は普段悟空に持たせてる三蔵が、今日は自ら風呂敷に包まれた荷物を片手に下げていた。

「別にぃ?で、それは手土産?いつも気を使って貰って悪いねぇ」
「悪いが、コレはお前に必要無い物だ」

三蔵の後に続きながら皮肉を言えば、奴は肩越しに視線を投げてそう返した。
台所に入ると、テーブル席に着いた悟空に茶を差し出した八戒が、笑顔で三蔵を迎え入れる。

「三蔵、もうすぐおでんが出来上がるんで、良かったら晩ご飯一緒にどうですか?」
「あぁ。いつも済まんな。…にしても、そいつは相変わらずお前にべったりだな」

三蔵は八戒の肩に停まっている、白い生き物に呆れた目を向けた。
この小さな竜は、二週間前に八戒が森の中から連れ帰って来た。
以来、俺の家で飼う事になったのだが…

「肩がお気に入りみたいで。あ、帰りはジープで送りますから。ジープ、宜しくお願いしますね」
「キュイ」

ジープという名前は、車のジープに変身する事から八戒がそう決めたのだが、あまりにも安直過ぎてネーミングセンスを疑った。
しかし、名付けられた方も大層この名前を気に入った様子だったので、その場にいた三蔵と悟空もツッコミを入れる事は無かった。
言葉を理解する摩訶不思議なこの生き物は、どうやら八戒が好きらしい。
好きといっても、ライクを超えたラブのようだ。
こいつは明らかに俺の下心を見抜いていて、八戒を守るナイト気取りでいやがる。
俺が良い雰囲気に持ち込もうとすると、必ず間に割って入って来て邪魔してくる。
俺より三蔵をマークしろ‼実際に手を出してんのはそいつなんだぜ⁈と、文句を言ってやりたい。
…てか、多分、三蔵の下心にも気付いてるのかも知れない。
だが、最高僧は優れた人格者だと信じているような、一目置いている節がある。
『知らぬが仏』とは、まさにこの事だろう。
複雑な心境だが、こいつが来て悪い事ばかりではない。
アニマルセラピーとでも言うのだろうか?
こいつのお陰で八戒の笑顔が増えたのは喜ばしい事だが、俺の役目を取られた気分で正直良い気はしない。
八戒のような恋愛トラウマタイプは、親友から恋人へと慎重に進めるのが一番だろう。
というか、相手が実の姉しか愛した事のない偏愛者で同性ときたら、もうその選択肢しかねーだろ?
その結論に辿り着くには、紆余曲折した訳だが。
同居を始めたばかりの頃は自分の感情に戸惑い、八戒とどう接していいか判らずに避けていた時期もあったし、三蔵との関係を知って気持ちを持て余した時期もあった。
それらをなんとか乗り越え、俺はした事もない努力と忍耐と時間をかけて八戒の親友にまで昇格した。
だが、こいつはペットという立場を使って容易く八戒の心に入りやがった。
実際に八戒は、俺よりこいつを優先している節がある。
その事がこいつをつけ上らせ、最近では俺を下に見る態度が顕著になってきて憎らしいったらない。
…けどまぁ、所詮ペットはペット止まりで流石に恋愛対象外だろうし?

「なーにが『キュイッ』だ?俺の言う事は聞かないクセに、相っ変わらず八戒には良い子ぶりやがって…っ⁈痛いだろ‼」

言葉が話せない竜は、俺の頭を嘴で突いて反撃に出た。
手で邪険に追い払おうとする俺に、向かいの席に座る三蔵が紫煙を吐き出しながら忠告する。

「手荒に扱うなよ?そいつは三仏神から預かってる大事な宝物だという事を、忘れるな」
「そんなに大事なら、寺で保管すりゃいいだろ⁈こっちはいい迷惑してんだからよ‼」
「諦めろ。寺に置こうにも、八戒の元へと逃げ帰るんだ。それに、此処に置いてれば寺を往復するのに便利だろ?」

頭上で攻防を続ける俺から八戒に視線を移した三蔵は、得意げに口角を上げた。
話を振られるまで隣でのほほんと茶を飲んでいた八戒は、眉を八の字にして微笑むと素直に頷いた。

「えぇ。ジープがいてくれて、凄く助かってるんです。昼食時も悟浄を起こしてくれるので、家事の二度手間も随分と減りましたし。それに、とっても可愛いくて癒されますから。だから三蔵、ありがとうございます。僕にジープを引き取らせてくれて」
「礼には及ばん。こいつがお前を主人に決めた以上、他の者では厳しいからな。俺としても、お前の側に置いてる方が安心だ」

言いながら三蔵は視線を俺に戻すと、ザマアミロと言わんばかりに口端を片方だけ吊り上げた。

やっぱり俺に対する当てつけで、俺と八戒を二人きりにさせない為にジープを寄越したって訳ね。

だが、そうとは知らない八戒は、嬉しそうに照れ笑いを浮かべた。

「寺院より安心だなんて買い被り過ぎですよ。けど、貴方の信用を裏切らないよう、ジープは責任持って預からせて貰いますね」
「そいつの爪で肩の生傷が絶えんだろうから、コレをやる。肩に掛けてれば、爪が食い込む事もねーだろ?」

照れ隠しのつもりだろうか?
突然話を変えた三蔵は、テーブルに置いていた風呂敷を顎でしゃくった。
風呂敷の結び目を解いた八戒は、中の白い布に触れると驚いた表情を三蔵に向けた。

「このシルク、凄く高そうなんですけど。どうして…」
「法衣を新調して余った布だ。ついでだから、お前にと思ってな」

…オイオイ、三蔵サマ。
それって、ペアルック狙ってねぇ?

だが、三蔵の思惑に気付かない八戒は、申し訳なさそうに弱く微笑んだ。

「いつも色々と頂いちゃってスミマセン。早速着けてもいいですか?」
「あぁ」

八戒は肩に布を斜めがけして腰で結ぶと、ジープを再び肩に停まらせる。
その様子をクールな態度で眺めている三蔵が、内心は超ご機嫌な事は間違いない。

「痛くないです。ジープもこの布が気に入りましたか?」
「キュイ」

首を縦に振って大きく頷くペットに、八戒は優しく微笑んだ。

「ありがとうございます。大切に使わせて貰いますね」
「気に入ったなら、あと何枚か用意しておく。余りの布がまだあるからな」

花が綻ぶような笑顔を向けられた三蔵は、満更でもない態度で言った。

なーんか最近、三蔵サマったら随分と優しくなったんじゃない?
八戒の自然な笑顔を見れば、二人の関係が以前より良好なのは明白だ。
三蔵の変化に気付いたのは、三ヵ月前。
八戒の怪我を奴に報告した翌日の、早朝の事だ。
俺は朝帰りでもう直ぐ家に着くといった小道で、気怠そうに歩きタバコをする奴と出くわした。
ぼろ儲けてそれまで上機嫌だった俺の気分は、一気に急降下した。
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