最遊記

□GUILTY
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悟浄と暮らし始めて二週間が経ち、二度目の寺院訪問日を迎えた。
外は小雨が降っていて、寺院までの距離を思うと気分が滅入る。

「この雨、一日中続くみたいだぜ?…行くの止めたら?」

珍しく玄関先まで見送りに来た悟浄が、今から出て行こうとする僕に躊躇い気味に声を掛けた。

「このくらいの雨で行かないなんて、カメハメハ大王の歌じゃあるまいし。悟空も楽しみにしてるんで」
「けどお前、なんか体調悪そうだしさ。…無理して行く事もねーだろ?」

気丈に振る舞う僕に、悟浄は困ったような笑顔で引き止める。

「無理してませんよ。悟浄は今夜、出かけないんですか?」
「あー…まぁ、気分次第?…やっぱ俺も一緒に行くわ。どうせ暇だし」
「寺院は苦手なんでしょう?僕なら心配ないんで。雨だからって気を遣われると、逆に滅入りますから」

靴を履こうとする悟浄を止める為、申し訳ないと思いながらも僕は敢えてそれを口にした。
動きを止めて僕を見た悟浄は、案の定、決まり悪そうに視線を逸らした。

「そんなんじゃねーよ。けど、そうだよな…」
「すみません。じゃあ、行ってきます」

僕は弱く微笑むと、彼を残して外に出た。

行きたくないと、顔に出ていたのだろうか?
隠していたつもりでも、こうも簡単に見透かされるなんて。
賭博で人間観察を養っている彼だからか、それとも僕が案外顔に出やすいタイプなのか。
匿われていた時もそうだ。
僕が雨の夜が苦手だと気付いた彼は、理由を聞かずにただ傍にいてくれた。
そんな彼の優しさに、心癒されて…僕は自ら辛い過去を打ち明けていた。
けれど今回は、あの人との事だけは知られる訳にはいかない。
例え気付かれたとしても、真実を打ち明ける事は出来ない。
自傷行為のような関係は僕が望んだものであったとしても、知れば悟浄の怒りは、あの人にも向くだろうから…

重い足取りで向かう中、気付けば雨が意地悪く激しさを増していた。

寺院に着いて執務室に通されると、机の書類に目を通していた三蔵さんは僕に冷ややかな視線を投げた。

「雨の中、わざわざ御苦労なこった」

雨の中、わざわざ抱かれにきたのかと 、そんな皮肉が隠れているように感じた。

「出かける時は、小雨だったんですけどね」

無理に笑顔を作ってそう返すと、僕に駆け寄ってきた悟空へと視線を逸らした。

「はい、これ。約束してたシュークリームと絵本です」
「ありがとう‼…けど八戒、なんか疲れてない?この前も三蔵の仕事手伝わされて、相当疲れてたようだし。もし疲れてるなら、お菓子も無理して作らなくていいからね⁉」

笑顔で手土産を受け取った悟空は瞬時に表情を変え、心配そうに僕の顔を覗き込んだ。
幼く見えるが彼は500年以上生きていて、野生動物並に感の鋭い所がある。
悟浄と悟空の直感が他人より並外れて鋭いのは事実だ。
けれどこうも立て続けに見破られては、己の不甲斐なさを自覚せずにはいられない。

「疲れてなんかないですよ。お菓子を作るのも、悟空に会うのも、どちらも僕にとっては癒しですから」

嘘を尤もらしくするには、真実を混ぜればいい。
信じて貰えるよう満面の笑みで答えると、悟空の顔に安堵が見れた。

「悟空、茶を入れてこい」
「あ、僕が…」

突如発せられた三蔵さんの声に僕がいち早く反応するも、
「客人はじっとしてろ」と不機嫌な顔で制される。
悟空が部屋を出て行き、彼と二人きりになった僕は、いよいよ気まずくなり視線を逸らした。

「そんなシケた面してりゃ、あの二人に直ぐバレるぞ?俺は別に構わんが」

溜め息混じりの声に思わず顔を上げると、感情の読めない紫暗の瞳に射抜かれる。
彼はバレても本当に構わない気がして、僕は一気に青ざめた。

「っ⁉あの二人には、黙っていて下さい!…お願いします」
「俺に抱かれるのはお前の意志だろ?なら、その被害者面をなんとかしろ」
「…すみません」

不満そうにフンと鼻を鳴らす彼に、そう返すのがやっとだった。

何も知らずにお茶を持って現れた悟空に、平静を装い笑顔を向ける。
食欲はないけれど、持参した物を三人で食べた。
不自然にならないように彼にも「美味しいですか?」と尋ねたら、「ああ。」と普段通りの反応が返される。
その後、今日は先に仕事の手伝いをするよう彼に言われた。
彼は嘘が意外と上手だ。
もしかして二重人格で、僕を抱いた事を憶えていないのではと疑う程に。
実際にそうだったらまだいいのにと、僕は内心溜息をついた。
無言で通されたのは書庫でなく、寺院の奥にある客人用宿泊室だった。

「机の上より、ベッドの方がいいと思ってな」

戸惑う僕に彼はそう言うと、僕の身体をベッドに沈めた。

花喃の苦悩を身を以て知る事が、己に課せられた罰なのだと。
どのくらい彼に抱かれれば、花喃の気持ちが判るのだろう。
陵辱に耐えながら、僕が助けに来るのを待っていたのか?
それとも死ぬ事を許されない状況下、いっそ殺してくれたらと願いながら生きていた?
例え花喃の苦悩が理解出来たとして、その先にあるのはやはり絶望の死ではないのか?
正直、三蔵さんが何を考えているのか判らない。
けれど、ただの排泄欲の為だけに僕を絶望に追い込もうとしているとは思えなくて。
彼の残酷な言葉が本心ではないような気がするのは、ただ思い込みたいからなのか?
僕を救おうとしてくれていた彼の優しさは本物で、今も僕は彼を信じたいのだと…

「あのっ…何か、いつもと違いません?」

行為の途中で、僕はそう尋ねずにはいられなかった。
今までは、つまり過去の二回はどちらも始まりが乱暴で…性急さもなく前戯で僕に快楽を与え始めた彼に動揺して声も上ずる。

「どう違うってんだ?」
「⁉…それは、扱いが…優しいって言うか…」

優しいキスを全身に落としながら聞き返す彼に、僕は赤面しながら答えた。

「酷く扱われるより、その方がいいだろ?」
「けどこれは、まるで…っ⁉」

平然と愛撫を続ける彼に、僕は喰い下がり気味に言葉を返そうとした。
けれど、続く筈の言葉に拒絶反応が起きて、僕は唇を固く結んだ。
それまで僕の言葉を聞き流すように行為を続けていた彼が、動きを止めて顔を上げる。

「まるで、何だ?」
「…恋人、みたいじゃないですか…‼」

有無を言わさぬ瞳で睨まれ、悔しくて声が震えた。
彼は続く言葉が何かを確信していて、僕が言いたくない事も承知で強要したのだ。
僕を捕らえる冷徹な視線が、それを証明している。

「それがどうした?愛はなくても、振りは貴様も出来るだろ?」
「僕は…出来ません。花喃だって、きっと…」

どうして僕を苦しめるのか?
百眼魔王が花喃を恋人のように抱くなんて、想像したくも無かった。
けれど、それすらも彼の狙いの様な気がして…
目頭が熱くなり、言葉が喉に詰まる。

「命令で動くのはいいが、自ら積極的になる事は拒むか…。なら、望み通りにしてやるよ」

美しいアメジストの瞳に、静かな怒りが宿る。
暴君の如く冷酷な声で、絶対的な命令が下された。

「お前から口付けろ。その後は、前の復習だ。今後は吐き出さずに飲み込めよ?失敗したら、どうなるか判ってんだろうな?」
「…はい」

あの日僕を救ってくれた彼は、もう存在しないのかも知れない。
僕に失望した彼が、今はただ憂さ晴らしで僕を抱いているだけだとしても。
それでも、花喃の事を思えば…
優しくされるより酷く扱われる事に、僕は内心安堵した。

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