最遊記

□SPIRAL
1ページ/2ページ

八戒が悟浄を連れて同居報告に来たのは、丁度一週間前だ。
寺院内に遊び相手がいないから毎日でも遊びに来て欲しいと言った悟空の相手をする為と、俺の雑務を手伝う為に、定期報告を兼ねて週に一度は此処に通うと提案してきたのは八戒だった。

「…律儀な奴だな。好きにしろ」
「有難うございます」

俺と関係した事は只の事故として、もう過去の出来事だと思い込んでいる様なその笑顔に内心舌打ちが出た。

お気楽にも勘違いしてんなら、その甘い考えを改めさせてやるよ。

俺の了承を得て素直に悟空と喜ぶ八戒を見ながら、心の中でそう毒付いた。

所詮想いを伝えたところで、簡単に受け入れる奴ではない。
それどころか、罪の意識から愛を頑なに拒絶して距離を取ろうとするのが目に見えている。
それは例え相手が悟浄であっても同じだろうと、高を括っていた。
だから悟浄との同居も、渋々だが了承したのだ。
なのに、この沸き上がる焦燥は何だってんだ…


約束の今日。
八戒が執務室に入ってくると、今か今かと待ち侘びていた悟空は犬のように飛び付いた。
和かな笑顔で悟空の頭を撫でる八戒。
その顔色は、今まで見た中で一番マシなものだ。
だが、出会ってから初めて見る眼鏡姿に疑問を抱いた。
俺がそれについて問おうとした時、嬉々とした悟空の声が邪魔をした。

「なぁ、この中に何が入ってるの⁈甘くて美味そうな匂いがする‼︎」

八戒が手にしている紙袋に鼻を近付けて、犬のように匂いを嗅ぐ悟空。
その様子に、八戒はフフッと笑ってこう答えた。

「悟空は鼻が効きますね。カボチャのプリンとクッキーを作ったんです。もう直ぐハロウィンですから」
「ハロウィンって何?」
「10月31日に行われる異国のお祭りですよ。子供達がオバケや魔女なんかに仮装して、近所の家を回ってお菓子を貰ったりするんです」

仲睦まじい先生と生徒のようなやり取りの後、悟空は瞳をキラキラさせて俺を見た。

「スゲーいいお祭りじゃん‼︎三蔵、何で教えてくれなかったんだよ⁈俺、仮装とかもしてみたい‼︎」
「馬鹿猿。異教のイベントに俺達が参加したらややこしいだろ?八戒、お前も此処に不似合いなイベントを態と持ち込んで愉しんでんじゃねぇよ」

執務机に頬杖をつきながら呆れて溜息を落とす俺に、八戒は「バレましたか」とあっさり白状した。

「だって折角なら、仏僧の三蔵様がハロウィンのお菓子を食べる姿も見たいじゃないですか」
「…見せ物じゃねーよ。忙しいからとっとと食うぞ。悟空、茶を取って来い」

悪戯な笑みを向ける八戒に別の意味で参った俺は、不機嫌を装い悪態をつくと、八戒が動く前に悟空にそう指示した。
嬉しそうに「分かった‼︎」と間髪入れずに返事をした悟空は、勢い良く部屋から駆け出して行った。
二人きりとなり、急に訪れた静寂の中、八戒が俺を見て微笑んだ。

「いつも元気ですね、悟空は」
「お前の方こそ元気そうだな。あいつと上手くやってるのか?」
「まぁ、それなりに。生活習慣が全く違うので、殆んどすれ違いですけどね」

分かりきった質問を投げると、予想通りの答えが返される。
そして、この部屋に入って来た八戒に一番最初に投げる筈だった質問を口にした。

「…モノクルはどうした?」
「家にあります。折角頂いたんですが、珍しい物だからか街中では人目を惹くようで…僕、目立つのが苦手なんで、スミマセン」

苦笑いを浮かべて謝罪する八戒。
生きた翡翠とも言えるその左眼が、いかにも安物の眼鏡で光の反射や影を帯び、美しさを半減させている。
残念過ぎる事実に、溜息を落とさずにはいられなかった。

「…俺が与えた物じゃねーし、別に構わねーよ。だが、そんな安物よりモノクルの方がお前には似合っていたがな。これでもう少しマシなやつを買え」

現金の入った封筒を執務机の引き出しから取り出すと、机を挟んで向かいに立つ八戒の前に置く。
しかし、困惑気味に微笑んだ八戒は、それを受け取ろうとはしなかった。

「お気持ちは有難いんですが…お金が無くてコレしか買えなかったって訳じゃないんです。三蔵さんから当面の生活費として頂いた充分過ぎるお金も、悟浄が受けとらないんで殆んど残ってますし。買う時に悟浄にも地味過ぎるって反対されたんですが、本当にコレが気に入ってるんで」
「どうせ悟浄に同居祝いで買ってやるとか言われて、遠慮した結果がそれなんだろ?」

一緒に眼鏡を買いに行ったってか?
あいつの方は、さぞかしデート気分だったんだろうよ。

不満を露わにフンと鼻を鳴らせば、八戒はまたも苦笑いを浮かべた。

「悟浄と同じ事を言わないで下さいよ。例え僕がお金持ちでも、一番シンプルなコレを選んでますから」
「…気に入らねぇな」

強情な相手にこれ以上何を言っても、時間の無駄だ。
諦めた俺が文句を洩らしながら封筒を引き出しにしまえば、八戒は「アハハ…スミマセン」と申し訳無さそうに弱く笑った。

「八戒ぃ、お盆で手が塞がってるからドアを開けてー‼︎」

会話の邪魔をされないようにと茶汲みを命じて部屋から追い出した悟空が、ドアの向こうから大声で助けを求めた。
「今開けますねー」と返事をしてドアを開ける八戒。
振り返り際の表情が何処か安堵した様に見えたのは、気のせいではないだろう。
俺の事を未だ呼び捨てにしない八戒は、当然の事ながら悟空や悟浄と接する時と違って余所余所しいものがある。
唯一呼び捨てたのは、半狂乱状態だったあの雨の夜だけだ。
呼び捨てを強請った悟空の場合とは違い、悟浄の事は自然とその口から発したという事実が、俺に意固地な思いを抱かせる。

俺を欲し、俺の名を散々に呼び捨てたクセに、今更改まってんじゃねーよ。
雨の夜だった所為で呼び捨てた記憶が無いと抜かすなら、今日にでも思い出させてやる。

三人でテーブルを囲む中、カボチャお化けの陶器カップのプリンを無言で食べる俺に、八戒が不安そうに声をかけてきた。

「…プリン、お口に合いませんでしたか?お酒、好きかと思って、三蔵さんのはブランデーを入れて甘さを控えたんですが…悟空と同じ物に代えましょうか?」

俺の不穏を察知したからなんだろうが、見当違いもいいところだ。

「…不味かねぇよ。意外といける」

無愛想に答えて再び食べ始めれば、八戒は安堵の笑みを浮かべてこう言った。

「良かったです。ブランデーって、コーヒーに入れても合うんですよ。って言っても、ここにはコーヒーがなかったんですよね。今度うちに来たら、試してみます?」

悟浄の家を、当たり前のように『うち』と呼ぶ事にすら嫉妬を覚えた。

ならいっそ、間男にでもなってやるよ。

そんな皮肉な思いを抱えながら、無表情で返事をする。

「…あぁ。公務ついでに立ち寄る事も、あるだろうしな」
「いつでも来て下さいね。悟浄もお二人に会いたいでしょうし」

そう言って八戒は俺達二人に満面の笑みを向けた。
こいつは俺が訪れるとしたら、当然のように悟空とセットで悟浄の在宅中に来ると思い込んでいる。

もし俺が、悟浄の不在中を狙って夜一人で訪れても、お前が今のような笑顔で迎え入れるのか見ものだな。

「会いたいなら今日此処に来てるだろ?お前の事だ、一緒に来るかとあいつを誘ってみたが、面倒だなんだで断られたんだろうが?俺が行けば、嫌そうな顔をするのが目に見えているがな」
「照れ隠しで、態とそんな態度を取るかも知れませんね。今日悟浄が来ていないのは、三蔵さんの読み通りですよ。彼云く、半妖だから格式高い寺院は息が詰まりそうなんだとか。分からなくもないですけど。でも、お二人の事を好きなのは確かですから」

辟易としながら嫌味を言えば、八戒はそう断言して笑顔を美しく綻ばせた。

あぁ…うぜぇ。

こいつの口から奴の名を聞く度に、苛立ちが募る。
向いの悟空が期待の眼差しで「悟浄の家にいつ行くの?」と俺に尋ねてくる。
しつこく聞いてくる悟空に「その内な」と適当に流して、俺は計画的に用意していた言葉を口にした。

「八戒。俺は書庫で調べ物をするから、後でお前も手伝え。悟空の相手は程々にして切り上げろよ?」
「えー⁈程々ってどの位だよ?俺も一緒に居ていい?大人しくしてるからさ、ね⁈」

八戒が返事をするより早く、悟空が不満の声を上げた。
食べる手を止めてまで、懇願の眼差しを向けてくる。

「駄目だ。貴重な資料を滅茶苦茶にされるのは、二度と御免だからな。書庫には絶対入って来るなよ?八戒と遊ぶ時間も、先に二時間やるから我儘言うんじゃねーよ」
「ちぇ〜。じゃあ終わったら、また遊べる⁈」

睨みを効かせる俺を見て渋々と諦めた悟空はそう言うと、魔女の帽子やオバケの型をしたクッキーを再び頬張り始めた。
その隣には、食べる手を止めて大人しく返答を待つ八戒がいた。
呑気な悟空とは対照的に、俺と目を合わせる八戒がどこか緊張しているように見えるのは、思い込みではないだろう。
俺は有無を言わさぬ視線を二人に投げると、こう断言した。

「直ぐに終わるような仕事じゃねーんだ。八戒には、帰る時間になるまで調べ物に付き合ってもらう。今回だけでなく、今後もそのつもりでいろ」
「つまんない…ちょっとしか遊べないじゃん」
「…じゃあ今度来る時は、一人でも退屈しないように悟空が好きそうな絵本を何冊か持ってきますね?」

八戒は酷く落胆する悟空を不憫に思ったのか、優しい笑みでそう声を掛けた。

「本当⁈…だけど俺、字が全然読めないよ?」
「大丈夫ですよ。僕が教えますから。早速今日から少しずつ、覚えていきましょうね?」

その言葉で、先程まで元気のなかった悟空の顔は、満面の笑みに変わった。

「ありがとう、八戒‼︎大好き‼︎」
「僕も大好きですよ、悟空」

そう返された八戒の笑顔には、純粋な悟空に心を完全に開いているのが見て取れた。
思った事を素直に言える悟空が、羨ましくない事もない。
だが生憎、俺が欲しいのはそんなんじゃねぇんだよ。

クッキーを殆ど一人で平らげ、更にはプリンのお代わりをする悟空。
その様子を、お茶を手にした八戒が嬉しそうに眺めている。
俺はプリンを食べ終わると、目の前で繰り広げられる幸せな光景に、内心鼻をフンと鳴らした。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ