最遊記

□サプライズプレゼント
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今日は9月21日、ご主人様の誕生日です。
そんな大切な日にご主人様を野宿には出来ないと、僕は疲れた身体に鞭打ちながら、四人を乗せた車体を必死に街へと跳ばした。
その想いは皆さん同じのようです。いつもより物静かな三人に、御自身の誕生日をきっと忘れているであろうご主人様が、呑気な声で話します。

「今日は後部座席がやけに静かですね。おかげで運転に集中出来るので助かりますが。天気もビックリして雨降らすんじゃないですか?」

あはは、とご主人様が笑っても、三人は言葉も返さないで視線をご主人様に向けるだけです。
どうやら三人は、ご主人様にサプライズバースデーを企んでいるようです。

「悟空、体調は本当に大丈夫なんですか?おやつを残すなんて、今まで一度もなかったじゃないですか」
「うん…大丈夫」

悟空の腹時計がギュルギュル鳴っている音は、エンジン音に掻き消されてご主人様には聞こえないようです。
僕は悟空の腹の虫の振動が座席から伝わっていたから、大丈夫じゃない事は気付いていたけど…。
ミラー越しにご主人様が悟空の顔色をチェックします。

「顔色が優れないですけど、本当に大丈夫です?」

その質問にただ頷くだけの悟空を悟浄がからかいました。

「拾い食いでもして気分が悪いだけじゃね〜の?」
「…」

さっきの敵の襲撃で力を使い果たしたのか、今にも空腹で餓死しそうな悟空は、悟浄と喧嘩する気力すらようです。
無言で悟浄を睨みつける悟空をミラーで確認したご主人様は、軽い溜め息をついて三蔵に話しかけました。

「いつもは高みの見物をする三蔵は、敵をやっつけるのに積極的だったし…敵に八つ当たりですか?何かストレスでも?」

ご主人様が真面目な口調で三蔵の人格をケナします。
天然だから悪意はないようです。
三蔵は少しこめかみをヒクつかせながらもご主人様には甘いので、そんな質問にも律儀に答えます。

「フン…あんな奴等に足止め喰らわされて、野宿なんてまっぴらだからな」

三蔵の言葉に悟浄が煙草を咥えている口角を吊り上げました。

「ヘェ〜。皆、考えてる事は同じってワケね」
「何の事です?」
「内緒」

不思議そうにミラー越しに尋ねるご主人様に、悟浄は人差し指を口に当ててウインクして言いました。
ご主人様は次に三蔵に眼を向けると、三蔵は眼を閉じて狸寝入りを決め込んだようです。
少しムッとした顔になったご主人様は、今度は大きく溜め息をつきました。

「僕だけ仲間外れですか。いいですよ?そんなに宿に早くつきたいなら跳ばしますんで、しっかり掴まってて下さいね‼」

そう言うや否や、ご主人様はアクセル全開で崖から急降下するように街へと一直線に僕の車体を跳ばした。

予定より随分早い夕方に街へ到着しました。
僕はもうヘトヘトです。
宿の玄関先で妙にソワソワしている三人を無視して、ご主人様は受付で空部屋の確認をしています。
一方三人は円陣を組む様に集まり、何やらヒソヒソ話をしている様子。
僕はご主人様の肩を離れて三人の頭上を旋回しながら盗み聞きする事にしました。
既に皆さん白熱していて、誰1人僕の存在に気付いてもいません。

「三蔵、今日の部屋割の希望は、八戒に決めて貰おうぜ?あいつの誕生日なんだ。好きな奴を選ばせてやらねぇとな」

悟浄が三蔵の肩に腕を乗せながら余裕な顔で意見すると、悟空は強く頷きます。

「そうだよ!いつも三蔵が決定権持って八戒と相部屋ばっかりだもんな。ずりぃよ!」
「何だと?まるで俺が無理矢理八戒を同室にしてるみたいな物言いだな。同室は、奴の望でもあるんだよ‼」

2人の提案を却下するような三蔵の返事に、悟浄がニヤリと笑います。

「それ、確認したのかよ?そんなに自信あるなら八戒に選ばせてやろうじゃん。どうせお前はあいつにプレゼントも何も用意してないんだろ?部屋割決定権をプレゼントしてやれよ」
「フン…そういうお前達はプレゼント用意出来てるんだろうな⁈貧乏人が‼」

三蔵は悟浄の腕をぞんざいに振り払うと、ムキになって幼稚な捨て台詞を吐きました。

…この人って、本当に最高僧なんですよね?

「何してるんです?部屋取れましたよ?生憎、2部屋しか取れませんでしたが…」

受付にいるご主人様が僕達に向かって声をかけると、三蔵が舌打ちをしてご主人様に歩みよります。
悟浄と悟空は互いに目を合わせて意味深にニヤリと笑うと、その後ろを無言でついてきました。
僕は悟空の肩にとまって、ご主人様達の様子を見る事に決めました。

「八戒、今日はお前が部屋割を決めろ」
「どうしたんです?珍しいですね」

三蔵が眉間に皺を寄せながら、苛立たし気に吐き出した言葉に、ご主人様は大きな瞳を瞬かせます。

「今日はお前の誕生日だろうが?何も用意出来なかったからな。俺からのせめてもの気持ちだ」

思ってもいない様なしおらしい言葉を、自慢の低ボイスで囁くように話しながら、真摯な瞳でご主人様を見つめる三蔵。
芝居じみていて笑えると言うより気持ち悪かった。

…そこまでしてご主人様と同室になりたいですか?三蔵様。

『用意出来なかったじゃなくて、してなかったの間違いだろっ‼なぁ?』
2人の様子を少し離れて見ていた悟浄が歯ぎしりをしながら悟空に囁くと、悟空は大きく頷きました。
そんな様子が目に入らない程、ご主人様は大層驚いた表情で三蔵を見つめています。

「…すみません。忘れてました。…三蔵は、覚えていてくれたんですか?」
「当然だ。名前と一緒に俺が新たに与えてやった物だからな。忘れんなよ。馬鹿」

三蔵は目を細めて微笑んでみせた。
似合わな過ぎて僕は鳥肌が立ちます。

…必死ですね、最高僧様。

「ありがとうございます」

ご主人様は華が綻ぶような綺麗な笑顔を三蔵に向けました。
『三蔵の野郎〜。うまい事言って情に絆して同室になる作戦だな』
嫉妬の眼で睨みつける悟浄から心の声が聞こえた気がした。
見つめ合う2人の甘い雰囲気を無理矢理壊したのは、悟浄の声でした。

「俺はお前にちゃんとプレゼント用意してるんだぜ?お前がきっと喜ぶ物だと思ってよ。だから俺と同室にならねぇ?」
「本当ですか?」

三蔵から悟浄へと視線を向けたご主人様は、驚いた顔をしています。

「俺も用意してるよ⁈だから俺と同室になろうよ‼」

出遅れた悟空は、悟浄に続けと必死にアピールしました。

「悟空、悟浄。ありがとうございます」

三蔵に向けた同じ笑顔をご主人様が2人に向けると、途端に不機嫌な顔になる三蔵。

「早く誰にするか決めろ」

三蔵の苛立つ声に、ご主人様は顔を向けると、三蔵は無言で頷いた。期待の眼差しで見つめてくる三人に、ご主人様は言いにくそうに口を開きました。

「じゃあ、三蔵…」
『ヨッシャァァ‼』
そう叫ぶ三蔵の心の声が、リアルに聞こえた気がした。
三蔵はクールに無表情を装ってはいますが、袖口からガッツポーズを密かにする拳がこちら側からは丸見えなんですから。
悟浄と悟空はつまらなそうに顔を見合わせました。

「すみません。僕、ジープと2人がいいんですけど…」

ご主人様の予想外な続きの言葉に、三蔵の肩の経文が一瞬ずれ落ちそうに見えたのは、気のせいでしょうか?

「…2人部屋だろ?」
「いえ、1人部屋と3人部屋しか無かったもので…本当に、1人部屋を使わせてもらっていいんですか?」

ポカンとする三人に、申し訳なさそうに上目遣いで伺うご主人様。僕はその言葉に歓喜の声を鳴らして悟空から離れると、ご主人様の肩に舞い降りた。

「…好きにしろ」

差し出された三人部屋の鍵を、ムスッとした顔で受け取った三蔵に、ご主人様は笑顔をみせました。

「じゃあ、夕食の時間まで自由行動という事で」

ご主人様はそう三人に言うと、僕の頭を優しく撫でます。

「今日は無茶な走りをさせてすみません。疲れたでしょ?部屋についたら、アロマテラピーで疲れを癒してあげますね。頑張ってくれたご褒美です」

間抜けな顔で微動だにしない三人に、ご主人様は見向きもしないで部屋へ向かいながら僕に甘い声で囁きました。

「2人ならゆっくり寝れますよ。久々に充分な睡眠を取る事が出来そうです」

誰が好きかではなく、睡眠を優先する現実主義なご主人様を想う三人に、僕は少し同情しました。
 
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