最遊記外伝

□ギフト
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天蓬は部下達との賑やかな飲み会の席で、独り片隅に座り一服をしていた。
酔って上機嫌な捲簾を遠目に見ながら、人知れず重い溜息を落とした。

「今日は憂鬱そうですね。大将を避けているようですし…喧嘩でもしましたか?」

不意に掛けられたその声に天蓬が振り向けば、ビール瓶とジョッキを手にした如聴がいた。
如聴は隣に腰を降ろすと、天蓬が空にしたジョッキにビールを注ぐ。
感情の読めない笑顔を向ける部下に、天蓬は内心苦笑した。
其々がランダムに席を移動して雑談する中、如聴が話し相手に選んだのは、退屈しているように見えた自分らしい。
片肘で頬杖をついて返事を待つ部下に、天蓬は少し心外だという様子で戸惑ってみせた。

「…いつも通りだと思いますが。そう見えます?」
「えぇ。隠してるつもりでしょうが、バレバレです。他の部下達も言わないだけで、気付いてると思いますよ?」

少しからかいの入った声でそう断言され、流石の天蓬も苦笑を漏らした。

「…僕ってそんなに分かりやすいですか?自分では、ポーカーフェイスが得意な方だと思ってたんですけどね」
「以前の貴方だったら私も気付かなかったと思いますが。大将が来てから、貴方は随分と変わられた。勿論、良い意味で」

予想外のその言葉に、天蓬は苦笑すら失った。
戸惑いの中、躊躇いながらも質問を口にする。

「…どんな風に、ですか?」
「それは…」

如聴が言いかけた時、二人の前に捲簾が姿を現した。

「さっき俺の顔、盗み見てただろ?言いたい事があるならハッキリ言えっての。オラ、行くぞ」
「え?…ちょっと⁉」

少し不機嫌な面持ちの捲簾は、驚く天蓬の腕を引っ張り上げて席を立たせた。
肩に腕を回してそのまま強引に店の出口へと向かう大将に、どうしたのかと部下達の視線が集まる。

「急に何っ…絡み酒は止めて下さい‼何処に連れて行くんですか⁈」
「俺の部屋で飲み直しvここは俺等の奢りだから、皆は楽しんでな」

暴れる肩をがっちりホールドしながら捲簾は答えると、唖然とする部下にウインクを寄越した。
抗議を口にする天蓬とは対称的に、上機嫌そうに鼻歌を歌う捲簾の後ろ姿を見送った部下達は、また暫くすると和気藹々と飲み始めた。
如聴は一人、席に取り残された天蓬のジョッキに手を伸ばした。
ジョッキに半分程残っている琥珀色の液体は、気泡を静かに立てている。
如聴は自分の顔を写すように中を覗き込むと、瞳を妖しくぬめり光らせた。

「御自身の事となると相変わらずで。無防備に狼狽える貴方を見られるなんて、あの頃は思いもしませんでした。愛おし過ぎて、妬いてしまいますよ?」

如聴は無言のビールに独り言を囁くと、ねっとりと味わうように呑み干した。


捲簾は自室に入ると、暴れる天蓬を漸く解放した。

「酔ってるからってこうゆーの、止めてくれません?噂が広まったら面倒なのは、貴方も同じでしょーが?」
「言いたい奴には言わせておけば良いじゃねーか。その程度で失脚はしねーだろ、元帥殿?」

酔いも冷めたという様子で天蓬が苦言を口にすれば、捲簾は冷やかす口調で言葉を返した。
出口を塞ぐようにドアに凭れて煙草を燻らせる捲簾に、天蓬は溜息を落とした。

「そうは言い切れないんですよ。上層部には僕を元帥だと認めたくない者もいるようですし、これ以上悪目立ちする訳にはいきませんから」
「元帥の地位に拘る理由は、上を探る為ってか?部下を死なせたのが許せないからって、怒りの矛先をそこに向けるのは俺から言わせりゃどうだかって感じだね」

反応を伺うように、冷ややかな視線を投げる捲簾。
ドア越しに声が漏れて誰かに聞こえようが関係ないといったその態度に、天蓬の目が座る。

「…勝手に決めつけないで下さい。元帥に拘るのは、ただ単に趣味を満喫したいが為ですよ。この地位なら、書庫や下界の出入りも自由ですから」
「そんなんで納得すると思われてんなら、俺も相当舐められてんな。俺にも打ち明けないのは、命を落とすような事に巻き込みたくないからなんだろ?その考えも気に入らねーんだよ」

捲簾の瞳に、静かな怒りが宿る。
全てお見通しなのは薄々感じていた天蓬だったが、否定的な意見に芽生えた感情は失望だった。

所詮他人の貴方に、僕の気持ちの何が判るって言うんですか?
貴方の意見が正しいとしても、これだけは譲れないんですよ…

「…御自身を過剰評価してませんか?僕が打ち明けないのは確かに、貴方に手伝って欲しくないからです。けどそれは、邪魔になると踏んだからです。正直、プライベートで一緒にいる時間も、怪しまれない程度に減らしたいと思ってたところなんですよ」
「…部屋に毎日入り浸られるのは、迷惑なんだ?」

売り言葉に買い言葉も手伝って、計画を邪魔されない為の予防線を張りにかかる天蓬。
今までにない険悪な空気が、二人の間に漂う。

「迷惑と言うより、仕事で毎日会ってる事ですし、その上で更に会う必要性をさほど感じないだけです。僕、心が通じていたら会わなくても平気な方なんで。だからSEXも、恋人だからって理由で必ずする必要はないと思うんです」
「俺の浮気に寛大な理由がそれな訳ね。寧ろ俺がSEXを他所で済ませて来た方が、理想的なプラトニックラブが築けるってか?SEXより趣味が大切だって言うあんたの気持ち、全く理解出来ねぇわ」

お前の言葉が本心だとしても、俺は受け入れる気なんかねーよ。と、捲簾は内心毒付いた。

くだらないと吐き捨てるような捲簾の物言いに、天蓬は怒りを覚えた。
今迄溜めていた不満をこの際ぶち撒けてやろうと、天篷は側にあった簡素な机に凭れた。
白衣から取り出した煙草に火を点けると、深い溜息と共に紫煙を吐いた。

「普段は一番の理解者でも、こういう話になるとお互い理解出来そうにないですね。それでも理解しようと、僕らしくもなく貴方に合わせていたつもりだったんですけど?三か月もすれば落ち着いた関係になるだろうと、勝手に期待していた部分もあっての事ですが。なのにSEXの頻度も付き合い始めと変わらないどころか、最近はもっと酷くなってますし。連日ともなると、受ける方は正直キツいんですよ。だから、今度は貴方が僕に合わせてくれても良いんじゃないですか?」
「今迄譲歩してきたのは自分だけだと思ってんのか?SEXの頻度だって、最初は痛がるお前に無理のないよう結構我慢してたんだぜ?充分に慣れた今なら、毎日するに決まってんだろ」

天蓬の非難を鼻で笑い、自分勝手な主張をする捲簾。
何故自分ばかりが我慢しなければならないのかと、天蓬はカッとなって声を荒げた。

「今でも慣れてませんよ‼しかもラウンド数もどんどん増えて、付き合いきれませんってば‼…やっぱり平行線ですね。けれど、僕の意見を聞き入れてもらいますから。でないと…」
「でないと別れるってか?お前がナーバスになってる理由ってさ、コレなんだろ?」

捲簾は言葉を遮るように近づくと、天蓬が凭れている机の引き出しから小箱を取り出した。
机の上に粗雑に置かれたそれに、天蓬は信じられない思いで捲簾を見た。
箱の上に置かれてあるメッセージカードには、『天蓬より愛を込めて』と言葉が印字されている。

「これは…」
「俺達に対する嫌がらせだろうな。その反応から察するに、お前んとこには差出人が俺で、同じ物が部屋の前に置かれてたんだろ?」

驚愕したまま固まる天蓬の代わりに、捲簾が蓋を開けた。
梱包の可愛らしいクッション素材に埋もれていたのは、グロテスクな男性器の電動コケシ。
しかもそれは、色形がリアルで誰かのオリジナルであろうと予測させる代物だった。
見るに堪えられなくなった天蓬は、顔を逸らすと観念したように重い口を開いた。

「…今朝、部屋を出たらありました。貴方の所には、いつ届きました?一応確認しますけど、昨夜貴方が帰った時にはドア前には無かったって事ですよね?」
「あぁ。俺が先に見つけてたら、お前の目に触れさせる訳ねーだろ?俺のは一週間くらい前だったからな。お前じゃない奴からの明らかな嫌がらせだって判ってたから、俺にだけ届いたんなら黙ってるつもりだった。言えば警戒して、暫く会うのをよそうって言い出しただろうし?実際そうなったしよ」

ウンザリとした様子で溜息を吐く捲簾。
戸惑いを隠せない天蓬は、困惑しながらも意見を返した。

「じゃあ犯人は、何も変化のない僕達に痺れを切らして今度は僕に仕掛けたって事ですか?僕宛の包みも貴方が先に見つけたら回収されると判断した犯人は、貴方が帰った後を狙って置いていったと?」
「そ。犯人は俺達の行動をよく調べていて、俺達の仲を引き裂こうとしているらしい。おまけにこのリアルな見てくれ。自分の分身を型取りして作る変態ときた。そんな奴の思惑通りになるのは、胸糞悪いだろ?」
「…それにしても、よくそんな物を捨てずに取っておけますよね。その中に盗聴器を入れられてたら、今までの会話は筒抜けですよ?まぁ、一週間くらい前なら流石に電池も切れてて問題ないでしょうが…」

先程迄の会話が盗聴されている可能性は極めて低いと判断した天蓬は、幾分冷静になると捲簾の行為に難色を示した。
誰の何が付着しているか分からない悍(おぞ)ましいモノを、捨てずに取っておく神経が理解出来なかったからだ。
しかし、捲簾の人の悪い笑みで返された次の質問が、天蓬を更に動揺させる事となる。

「お前に送られたやつは、そのタイプだったんだ?」
「知りませんよ。分解して調べるのも気持ち悪かったんで、即、焼却炉に放り込みましたから。…てか貴方、手に取って調べたんですか?」

盗聴器から盗聴主を捜し当てる事は軍の設備を以ってしてもまず不可能という事実は、捲簾も承知の筈だ。
その上で中に盗聴器があるかを調べる為に、贈り主の体液が付着しているかも知れない物に触れる事を厭わないとする捲簾が、天蓬には到底理解出来なかった。
引き気味に確認する天蓬に対し、捲簾は平然と答える。

「電源入れなきゃ電波を発しない、高性能な省エネタイプだったわ。尤も、節電の為というよりは使用中の喘ぎ声にしか興味ないって感じ?単に俺達の秘密を探る為なら、わざわざ自分の分身を手作りする必要もないしな。お前の声を録音してオカズにしそうな変質者に、心当たりは?」
「心当たりなんて…それに、変質者のターゲットが僕だと決めつけないで下さいよ。先に貴方に届いたなら、貴方に関わりが深い相手かも知れないじゃないですか」
「そう思い込みたい気持ちは判るけどよ。お前も感じてんだろ?こいつは知能犯だって。俺達の性格を熟知していて、俺を意のままに操ろうとしてんだからさ」

捲簾の怒りを含んだ妖しい視線に、天蓬は背筋が凍る思いがした。

「…御冗談を。相手の挑発に乗って碌でもない事を考えるのは…っ⁈」

天蓬が間合いを取るように後ずさりをした時、捲簾が突如その腕を掴んだ。

「お前が俺と会うのを控えるとか、SEXしなくてもいいとか言い出すからだろ?言い出した立場上、体が寂しくなっても素直に撤回しないだろうし?だから、オモチャで紛らわせられるように、使い方を教えてやるよ」
「⁈そんな…っ‼」

驚きと恐怖の眼差しを向ける天蓬に、捲簾はニィッと意地の悪い笑みを浮かべた。
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