最遊記外伝

□ファーストピアス
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天蓬は最近、非常にウンザリしていた。
その原因は捲簾と付き合い始めてからというもの、面倒臭がっていた風呂に頻繁に入るようになった事に他ならない。
尤も、入ると言うより入れられると言った方が正確な処ではあるが。
いくらズボラな天蓬でも情事の後に身を洗わないのは流石に抵抗があるようで、捲簾が沸かした風呂に連れられて入浴するのが最近では日課になっていた。
皮脂でギトギトしたフケまみれの髪は捲簾のケアの甲斐あって、今ではサラサラと風になびいてウットリとするアロマの香りまで漂わせている。
身近な存在の部下達においては、その異変を特に取り立て言及する事はなかった。
二人の夜の関係を知らないまでも、大将の世話の賜物であることは知っていたからなのだが、それを知らない他の者達はそういう訳にはいかない。

『男にしておくには勿体無いくらい顔は綺麗だが、変わり者の上、不潔が過ぎて抱く対象にはない』
と陰で酷評されていた故に、今回の異変はそれを大きく覆えした。

天蓬は自室前の廊下で、初対面と思われる青年から半ば強引にラブレターを手渡された。
走り去って行く青年の後ろ姿を見送る様に茫然と立ち尽くしていると、背後から突如、愉しそうな声が掛けられる。

「青春って感じだね〜。今時恋文なんて逆に新鮮だな…って、読まずに燃やすのはどうかと思うぜ?」
「一方的に押し付けてくる相手の方がどうかしてるでしょ?手紙もこれで5人目と来たら、新鮮も何もないですよ。最近は草食系男子が流行ってると聞いたんですが、そのブームは過ぎたんですかね?今のアレは何なんですか?男でもOKな男子って何系男子って言うんですか?」

煙草の火で未開封のラブレターを灰にする行為を捲簾が非難すると、天蓬が鬱陶しそうに質問を返した。

「俺が知るかよ。言っとくが俺は、男でもOKじゃなくてお前だからOK男子ってヤツだから」
「…得意気に変な事言わないで下さいよ」

部屋に続いて入りながらサラリと宣言する捲簾に、聞いてるこっちが恥ずかしいと、天蓬は内心悪態をついた。
いつもの如く、早々に読みかけの漫画を手にしてソファで寝転ぶ天蓬。
当然のようにコーヒーを頼まれた捲簾は「へいへい」と了承すると、慣れた手つきでコーヒーを淹れ始める。

「けど、風呂入るだけでモテるなら、着るもんマシにしたらもっとだろうな。ていうかそれが嫌で、今迄ワザとそうしてたとか?告ってくる奴、皆男だもんな」

差し出されたコーヒーを口にした天蓬に、向かいのソファでくつろぐ捲簾が先の件を掘り返した。
からかうようなその口調に、切れた時に見せる満面の笑みを天蓬は浮かべる。

「別にワザとじゃなく自然体でやってましたけど、その意見を参考に今後は風呂を週一に戻します。なのでセックスも自動的に週一しかしませんから」
「それは無理。週一なんて俺、我慢出来ねーもん。要は、男に告られないようになるならいいんだろ?」

天蓬の提案に狼狽えるどころか平然と却下した捲簾は、ニヤリと笑ってみせた。
意外な返しに天蓬は、怪訝な視線を注いだ。

「週一の風呂より確実で簡単な事でしょうね?面倒臭い事は御免ですから」
「超簡単、効果覿面だぜ?俺も以前は野郎からの誘いにウンザリしてたけど、コレのお蔭で一発よ。俺が穴開けてやっから」

そう言って、左耳の黒いピアスを指で触る捲簾。
この男が同性から誘われない訳はないだろうと思っていた天蓬は、その内容に驚いて目を瞬かせた。

「お洒落でしてたとばかり…でも右耳のピアスはゲイの主張と知ってますが、左耳のピアスはそうじゃない事の主張になるんですか?貴方はピアスとか似合いますけど、僕がしても変ですよ。それにちょっと自信過剰みたいで…貴方はそのまんまだから問題ないんでしょうけど」

難色を示す天蓬に、捲簾は内心舌打ちを洩らした。

…最後は完全に嫌味だな。ま、実際左耳にピアスしてても、言い寄ってくる野郎はいるけど?
週一のセックス回避とこいつのピアス姿が拝めるなら、嘘も方便ってやつよ。
こいつの心が揺れ動いてる今、一気に畳み込んでしまえ‼︎

悪魔のような本音を笑顔で隠して、捲簾は更に奥の手を持ち出した。

「お前も似合うって。ルビーやガーネットみたいな赤系が特に…そういやお前がハマってるアニメキャラも、確か左耳に赤いピアスしてたよな?」

その言葉を受け、天蓬は顎に指を掛けて真剣に考え始める。

「…ちょっとしたコスプレ感覚に浸れるのは、悪くないかも」
「だろ?じゃあ決定っつー事で。上質な石のファーストピアス、買って来てやるよ」

妄想に耽る天蓬に、ガッツポーズが出そうなのを必死で抑えて捲簾はそう返した。

後日。
左耳に赤いピアスをした元帥の姿は、瞬く間に広く知れ渡った。
その日から告白してくる輩はぴたりといなくなり、天蓬はその効果に気を良くしていた。
しかし本当の処はピアスの所為で妖艶さが増し、周囲からの邪な視線を集めていたのだが、知らないのは本人だけで更には本人が聞いたらピアスを速攻で外すであろう、とんでもない噂が流れていたのである。

『好きなアニメキャラに影響された』
というのが本人の主張として知られてはいたが、陰ではこのように囁かれていた。

『男からの誘いにうんざりしてストレート主張。というのが別の目的としてあるだろうが、もしかしたら、元帥は大将に惚れている、又は付き合っているから、ピアスを開けてお揃いにしたのではなかろうか』と。

しかしその噂が天蓬の耳に届く事はなく、自然と消滅してしまった。
何故なら天蓬が耳の消毒を怠り穴を塞いでしまい、更には別のアニメにハマった事でその後ピアスはしなくなったからだ。
けれどタイミングを合わせたように、今度は捲簾がピアスを外した。
『元帥と同じでピアスに飽きたから』との本人の主張は知られてはいたが、陰ではやはり天蓬の時と同様、『元帥に惚れて、今は男もイケるぜ?と主張したくなったのでは?』と、二人の関係を怪しむ噂が広まった。
その噂を耳にした天蓬が、捲簾に再びピアスを勧めたのは言うまでもない。

けれど結果は…今を見れば明らかですな。

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