最遊記外伝

□移し火
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下界での妖怪退治が済んだ俺と天蓬は、いつもの如く天蓬の執務室で仕事終わりの一服を味わう事にした。
今日は敵の数が多く、任務が完了した時には皆かなり疲弊していた。
天蓬も例外ではない。自室に戻ると窮屈な軍服姿のままソファーに直行し、寝転んで煙草に火を点けた。
普段なら入室直ぐに着替えて楽な白衣と便所下駄姿になるのだが、それすらも億劫なのだろう。
俺は寝転ぶ天蓬の隣に腰を降ろし、煙草を燻らせる。
かなり疲れてはいたが、任務中に雑に扱った愛銃が気になり点検を始めた。銃の部品を丁寧にバラして、手前にあるセンターテーブルに並べていく。
その金属音に別の摩擦音が重なった。
肩越しに振り返れば、天蓬がライターを何度か鳴らして溜息をついていた。

「ガス欠か?」
「みたいです。火、貸して下さい」

仰向けに寝転んだまま、俺に左手を差し出す天蓬。
丁寧な口調とは裏腹な、其のぞんざいな態度に俺は少し苛立ちを覚えた。
普段なら世話焼きの性分もあってか、そんな事は思いもしない。
きっとそれだけ、俺も相当疲れが溜まっているという事か…

「生憎両手が塞がってるんで、御自由にどうぞ」

俺はだるい口調でそう言うと、胸ポケットを顎で指し示した。
再び視線を銃に戻し、本体洗浄の続きに取り掛かる。

「捲簾」
「んー?」

名前を呼ばれ、再度肩越しに振り向きながら気の無い返事をした。すると天蓬は顔を近づけ煙草の先同士を器用に合わせた。
アークロイヤルの甘ったるい香りが漂う。

「どうも」

天蓬は無表情でそう言うと、再びソファーに寝転んで煙草をふかした。

「…」
「何ニヤついてるんですか?気持ち悪い」

銃を扱う手を止めたまま中々視線を外そうとしない俺に、怪訝な眼差しを向ける天蓬。
その言葉で、俺の顔が緩んでいる事実に初めて気づいた。思わず苦笑する。

「馴れたもんだなと思ってよ」
「貴方が教えたクセに何言ってるんですか?」

呆れた声の天蓬に、意地の悪い笑みを向けた。

「ちゃんと憶えてるんだ?」
「厭な思い出は、忘れにくいモノですから」

そう言うと、紫煙と共に溜息を吐く天蓬。

「本当に嫌だった?嫌よ嫌よも好きの内って言うじゃねーか。現に今は自分からする位、大好きになったクセに」

銃に視線を戻してメンテナンスに取り掛かりながら茶化す俺に、即座に天蓬が毒を吐いた。

「貴方のその都合の良い脳みそ、一度病院で診てもらって下さい」
「観られて困るのはお前だろ?そんな願望あるんだ?」

俺が見下すような角度で視線を送ると、天蓬は上半身を起こし、態と大きな溜息を吐いた。

「はぁー。あの時迄は、どうして貴方を野良猫のような無害な人だと勘違いしてたんでしょうね?」
「初耳だな。俺ってそんなに可愛いかった?」

片目を閉じてウインクして見せる俺に、天蓬は眼鏡を外して指で目頭を押さえた。目にくる程疲れが溜まっているんだろう。目元を指で指圧しながら天蓬は話す。

「えぇ。完全に見誤った僕の目は節穴ですよ。病院に行かなくちゃ駄目なのは僕の方です」
「眼科で診てもらうってか?心配しなくてもお前の目は節穴じゃねーよ。俺様ってば、結構猫被って我慢してたからなぁ。あながちそう判断したのは間違っちゃいねーさ」
「…」

俺の言葉で見開かれた天蓬の瞳は、驚きを露わにしていた。綺麗なその唇は言葉を失い、煙草が落ちそうな程半開きになっていた。


『何ニヤついてるんですか?気持ち悪い』

沈黙が流れる中、先程の天蓬の言葉を思い出す。

煙草の移し火で、あの時の事を思い出して顔が綻んだ
…なんて、そんな事を言えば、きっとお前はもっと怒っただろ?
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