最遊記外伝

□memory
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今朝は、昨夜の激しいSEXの所為で足腰が立たなくなった天蓬を風呂に入れてやった。湯船に仰向けに浸かって、俺にシャンプーされながらウトウトしだした天蓬に、美容師の様なセリフで奴の意識を呼び戻す。
「痒い所はございませんか?」
天蓬はフフッと笑うと微睡んだ瞳を閉じた。
「何だか年老いて、介護されてる気分です」
「お前が爺になっても、洗ってやるよ」
「…そういうのも、悪くないですね」


幸せな夢を観ているような寝顔で、寝言みたいに呟かれた言葉が、俺の顔を綻ばせているなんて、お前は知りもしないだろう。

年老いて死ぬ事などない天界で、こんな約束など無意味だ。だが、死が2人を分つまで、こうやって側にいられたらと思う。
 
天蓬の全身を綺麗に洗ってバスローブを着せる。天蓬は喋るのもしんどいのか無言のまま虚ろな瞳で、睡眠術にかかった様にゆっくりな動作だが、素直に俺に従う。いつもこんなに素直だったらと内心溜息をついた。髪の毛をドライヤーで乾かす為に、洗面台の前に事務椅子を置いて座らせた。
睡魔に襲われて閉じかけていた天蓬の瞳は、鏡を視た途端に大きく見開かれた。それまでグラついていた身体が強張る。
「…何ですかっ⁈コレは‼」
天蓬は肩を震わせながら、背後に立つ俺に鏡ごしに問いかけた。鏡に写る天蓬は、青ざめてるのか赤くなっているのか判らない顔色をしていた。
首筋にくっきりと印された歯形と、至る所に散りばめられた痣に手を当てて、信じられないといった顔をしている。
「何って、…昨日の名残でしょ?」
風呂場の鏡は湯気で曇っていて気付かなかったらしい。今やっと自分の姿を目の当りにした天蓬は、ガクリと項垂れた。鏡からは天蓬の顔は見えないが、丸められた背中からは、怒りのオーラを滲ませている。
「捲簾、どう責任とるおつもりですか?」
「…責任とって一生大事にするつもりだけど?」
俯き、声を震わせる天蓬に、俺は徐々に距離を取る様に後退りながら、引き攣った笑顔でそう答えた。

「ふざけないで下さい‼昨日の親睦会の悪ふざけといい、少しは僕の立場を考えて下さいよ‼」
天蓬は振り返りザマに、洗面台に置かれてあるドライヤーや歯磨き粉など、全ての物を投げつけてきた。俺は器用にそれらを躱しながら、天蓬が腰が痛くて動けないのをいい事に、そそくさと逃げる様に部屋を出た。

どーすっかなぁ。
俺は廊下を歩きながら、ポケットから煙草を取り出し、口に咥えた。
今日は天蓬の熱りが冷めるまで姿を晦ますのが無難だ。自分の部屋は合鍵を渡しているから、直ぐに戻るのは危険だし…なら夜まで何処かで時間を潰せばいい。明日からはいつもの仕事だ。部下達の前で、平然を装うであろう天蓬に、公の場で俺に酷い仕返しが出来るはずはない。今までそうしてうやむやにして、天蓬の仕返しを逃れてきた。天蓬はそんな俺を卑怯だと罵るが、俺から言わせれば、周囲に俺達の関係をひた隠そうとする奴の方が気に入らない。
行く当てもなく、のらりくらりと外を歩きながら、天蓬の今朝の言葉を思い出した。
『昨日は、…どうしてあんなに機嫌が悪かったんです?』
紫煙を吐き出しながら、思わず苦笑する。
竜王に嫉妬したからなんて、口が裂けても言いたくない。
女達からの嫉妬を理解出来ずにウンザリしていた自分が、天蓬に会って初めてその気分を味わう事になろうとは。
自分だけが焦燥感に駆られるのは面白くない。
だから時々奴の首筋に、軍服の高い襟でも隠し切れない印を刻む。変な虫が寄って来ない様にする為と、俺の物である事を奴自身に自覚させる為なら、恨まれるのは覚悟の上だ。
しかし流石に今回は少々やり過ぎたかと、反省した。

あと少しで日付けが変わるという深夜になって、漸く俺は自室に戻った。月明かりだけの薄暗い部屋を見渡す。いつもの整理された無機質な部屋だ。暗闇の中、重い足取りでベッドに辿り着く。疲れ果てて仰向けに寝転ぶと、緊張の糸が緩み、安堵の溜息を吐いた。
パチン!
不意に壁から弾くような音と共に、天井から眩しい程の灯りが、暗がりに馴れた俺の目を突き刺す様に攻撃する。
「⁈」
その灯りが合図だと言う様に、何か重い物が勢い良く俺の胸の上に飛び乗って来やがった。
光に馴れた目に飛び込んできた物は、悟空の眠そうなドアップの顔。
「お前、何でココに⁈」
「遅くて待ちくたびれたぞ」
驚く俺に、不機嫌な声が掛かる。その方向に目を向ければ、ベッドの下でずっと潜んでいたらしい金蝉が、肩を鳴らしながら這い出て来た。
起き上がろうにも、総量80kgはある枷を嵌めている悟空に抑え付けられては身動きが取れない。
「貴方の行動パターンなんて、お見通しなんですよ」
涼し気な声に顔を向ければ、天井照明のスイッチのある壁に寄りかかる軍服姿の天蓬が、黒幕の如く澄ました様子で煙草に火を着けていた。
「貴方の悪ふざけに、金蝉が御立腹ですよ。大人しく殴られて下さいね。金蝉、写真を撮るので顔は止めて下さい。ボディーにして下さいね」
いつだったか天蓬と観た、下界のドラマの名シーン思わせる悪役な台詞に、俺はたじろいた。
「はぁ⁈何の写真だ?つーか金蝉!何、奴の手下みたいになってんだよ⁈」
「悪いが恨むなら、天蓬を恨めよ」
金蝉は眉間に皺を寄せながらそう言うと、俺の腹を一発殴った。
「イテェじゃねーか‼何しやがる⁈」
「金蝉。貴方、どんなにひ弱なんですか?拘束された相手さえ気絶させる事も出来ないなんて」
こめかみをヒクつかせて怒る俺を見た天蓬は、呆れた様子で金蝉にそう言うと、ベッドの側に歩み寄った。
「…すまない」
不服そうに謝る金蝉に、天蓬は俺の腹部に人差し指を当てながら、優しい声で話しかける。
「いいですか?ここが鳩尾です。相手を気絶させるには、こうするんですよ‼」
「止めっ…ぼっ‼」
天蓬の説明に恐怖を覚えて、咄嗟に出た俺の言葉の最後は、奴の軍人らしい見事な鉄拳で遮られた。俺は恐ろしい奴を恋人にした事を後悔しながら、完全にブラックアウトした。
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