最遊記外伝

□薄められる罪と罰
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大型妖怪に足を潰された血塗れの部下が、助けに駆けつけようとする僕に微笑む。
「すみません。天蓬大将」
彼は泣きそうな笑顔で力無くそう言うと、剣先が折れた刀で己の腹を刺した。
遠くで崩れ落ちる彼の身体を受け止める事など出来ないとは分かっている。それでも僕は、赤く染まった手を伸ばし、声にならない叫びをあげる所で、いつもの悪夢は終わる。

「っ‼…はぁっ!はぁ!……はぁ…」
明るい天井に伸ばされた白い手が、虚しく空を掴んだ。いつもこうだ。悲痛な過去をやり直す事も出来ず、無力な自分自身を呪いながら現在に無理やり連れ戻される錯覚に襲われる。宙を彷徨い行き場のない手を握りしめ、熱くなる目頭を覆うように手の甲を押し当てた。
「クソッ‼」
天蓬はソファから上半身を起こして深い溜息をはいた。項垂れながら、額の冷汗を拭う様に前髪を掻き上げる。
ジャ!
不意に側でライターの鈍い着火音が聞こえる。
天蓬が驚いて振り返ると、向かいのソファーの端に持たれて煙草に火を付ける捲簾がいた。
「ひでぇ顔。もう何度目よ。それ」
「すみません。二度も見苦しい所をお見せして」
呆れたように紫煙を吐く捲簾に、天蓬は「あはは」と誤魔化すように笑った。
「三度目だっつーの。気付かないとでも思った?」
その意味ありげな言葉で、天蓬の社交的な笑顔が崩れた。
捲簾がいる時に悪夢で目覚めたのは正直三回だ。ただ、最初の一回は何も言わずに気づかない振りをしていたようだ。
「…気を使わせてたみたいで、すみません 」
天蓬は、本日二度目の謝罪をした。
「別に。あんたに興味が無かっただけだ」
「酷い言い様ですね」
天蓬は眉を八の字にして苦笑した。

知り合って数ヶ月だが、この捲簾という男は、自分に劣らずかなり変わっていると思う。
捲簾はいつもフラリと用も無いのにこの部屋に立ち寄る。まるでここが自室であるかようにノックもせずに入り、我が物顔で何をするでもなく煙草を吹かして長時間居座る事もある。イマイチ何を考えているのか分からない捲簾は何時も飄々としている。空気みたいな存在、もしくは何故か気紛れな黒い野良猫に気に入られた様な感覚で、そういう所も案外気に入っていた。しかし普段は鍵など面倒だから掛けない質の自分でさえ、こんな失態を何度も見られては、考えを改めようかと本気で思わずにいられない。
「また読書中に寝てしまいましたね。何時から居たんです?」
「…30分程前」
何処か機嫌の悪い捲簾に、密かに寝起きの悪い天蓬が何時もの笑顔で毒を吐く。
「起こしてくれたら良かったのに、貴方も暇人ですねぇ。こんな所にいりびたってると、プレイボーイの名が廃れますよ。女性との噂も最近めっきり耳にませんし。もしかして、病気でも貰ったんですか?」
捲簾は茶化した質問にウンザリだと言う様に、大きな溜息と共に紫煙を吐き出した。
「あんたがうなされる時って、いつも下界の大型妖怪の討伐で、大量の血を浴びた後だよな?」
思いも寄らない質問に天蓬は眼を見開いた。真っ直ぐに向けられた捲簾の射抜くような鋭い瞳は、はぐらかす事を許さないと訴える。
「…過去の夢を、見るんです」
捲簾の視線から逃れる様に、天蓬は両肘を膝につき、重ね合わせた手に額を被せた。
「以前言ってた、過去に部下を死なせたってヤツ?」
続け様に当たる捲簾の言葉に、天蓬の肩がビクッと揺れる。
「…よく分かりましたね。変なうわ言出てました?」
「いや?うなされてはいたがな」
全てを見透かすような捲簾の眼をまともに見れない天蓬は、手で顔を隠すように俯いたまま呟やいた。
「…この事は、部下達に内緒にして貰えませんか?上司がこんな有り様じゃあ、皆不安になりますから」
「死なせたそいつの話、聞かせてくれたら黙っててやるよ」
脅迫じみたその酷い言葉に思わず顔を上げると、捲簾の瞳は何処か憂いを感じさせた。
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