最遊記外伝

□ウエディングドレスと日本刀
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はぁ…。
深いため息が、天蓬の口から漏れた。

どうしてこんな事になったんでしょうか。

今日は毎年恒例の軍の合同親睦会である。酒の席が儲けられ、無礼講の御達しも出ているので、ワイワイガヤガヤと賑わっていた。その中で、天蓬だけが、珍しく笑顔を消していた。捲簾は、闘技リングと化した神殿の舞台で部下達と楽しげにチャンバラをしていた。そんな捲簾を、神殿の高座から天蓬は睨みつけた。

捲簾、覚えておいてくださいよ。この屈辱は十倍返しで痛い目にあわせてあげます!

椅子にもたれて肘掛けに頬杖をつく天蓬は純白のウエディングドレスを着せられていた。ドレスのスカートはレースをふんだんに使い、大きな造花があしらわれ、正面から見れば一見可憐な物だが、実は、背中の露出がかなり高いセクシーなデザインで、捲簾のチョイスだった。

『こんな二面性のあるドレス、お前しか似合わねーだろ?』

自慢気な捲簾の言葉を思い出し腹わたを煮え繰り返した。その言葉は、最初から天蓬に着せるために、計画してきたことをバラしたような物だ。
突然、観客となった部下達から歓声が上がった。
「よし、ラスト」
捲簾は、10人も相手に戦ったにも関わらず、息一つ乱していなかった。木刀を肩に掛けて、天蓬を仰ぎ見る。
捲簾は天蓬に向けた人差し指をクイっと曲げて、舞台に降りてくる様促した。
天蓬は落ち着く為に、煙草を口に咥える。

そんな仕草で煽られませんよ。貴方の考えなんてお見通しです。

天蓬は隣に立て掛けていた日本刀に手を伸ばす。

冷静にならなければ。

自分に言い聞かす。そうでなければ、この日本刀ですぐさま捲簾に斬りかかりに行きそうだ。剣術ではほぼ互角とされる捲簾相手に、怒りで我を忘れたら負けるのは目に見えている。
ドレスにつまずかない様に、ゆっくりと裸足で階段を降りる。舞台に到着すると割れんばかりの歓声がおきた。
傾きかけた夕陽が天蓬の純白のドレスを朱色に染めていた。
「まるで血塗られた花嫁だな」
「血塗られるのは貴方の方ですよ」
逆光に立つ捲簾に、天蓬の細められた瞳が、本気であることを物語っていた。
「約束は守れよ」
捲簾は薄ら笑いを浮かべて、右手の木刀を天篷に向けた。
「貴方こそ」
天蓬は鋭い視線を送り、鞘を後ろへ放り投げ、両手で日本刀を構える。
「用意、始め!」
審判の声で、捲簾は先ほどまでとは打って変った真剣な顔になり、いち早く駆け出した。

あぁ、最悪だ。どうしてこういう事になったのか。

思考が数週間前にさかのぼる。あれは悟空が絵本を借りに天蓬の部屋に遊びに来ていた時だった。


「この女の人、どうしてこんな恰好してるの?」
悟空は、絵本の中に描かれた、頭から爪先まで真っ白な衣装を纏った女性を指差した。
「ああ、それは白無垢といって、日本という国の伝統ある花嫁衣装です」
悟空は花嫁の頭を指差して尋ねた。
「この被り物、変わってるね」
「角隠しと言うんです、面白い名前でしょ?」
クスリと笑う天蓬に悟空は目をぱちくりさせた。
「この人、角はえてるの?」
「いいえ。でも、その国では嫉妬で女性が般若と言う鬼になることがあると言われていて、名前の由来はそこから来たみたいです。般若の形相は、捲簾に教えてもらうといいかも知れません」
天蓬はそう言うと、ソファーに寝転んで煙草をふかしている捲簾に視線を流した。
「よく御存知ですから、ね」
にっこりと笑う天蓬に捲簾の顔が引き攣った。
「…お前ね」
側で質問責めしてくる悟空の頭をくしゃりと掴み、捲簾は怠そうに上半身を起こした。
「いつも怒ってる金蝉にそれを被せりゃ、ちったぁ優しくなるんじゃね?」
「本当⁈俺これ欲しい!」
悟空がキラキラ瞳を輝かせて天蓬に強請った。
「捲簾、冗談言わないで下さい」
天蓬は捲簾に一瞥をくれると悟空をなだめた。
「悟空、信じちゃ駄目ですょ?そりゃあ、金蝉にこの衣装を着せたらきっと似合うでしょうが、怒りで余計角がでちゃいますよ」
天蓬の冗談をリアルに想像した捲簾が吹き出して笑った。
「ハハッ!角隠しを被った般若の形相の金蝉みてみたいな」
天蓬は上目遣いで顎に手を当て考えた。
「不機嫌な金蝉の角隠しもいいですが、どうせならウエディングドレスの方が似合うと思いますね」
「ウエディングドレスって何?」
生徒と化した悟空が先生代わりの天蓬に質問した。
「西洋の花嫁衣装です。それも大抵白い絹で出来ていて、レースを粉弾に使っている物が主流なんです。金蝉は金髪で細身だから、露出度の少ない着物より、腕や腰の身体のラインがわかるドレスの方が似合うと思うんです。金髪が、白いドレスによく映えるはずです」
話しながら想像してうっとりとする天蓬に、捲簾はげんなりして窘める。
「おい。野郎のドレス姿想像させるなよ。気持ち悪い」
「えー。どんなのか想像出来ない。ウエディングドレスの載った本無い?」
1人だけ想像できない悟空は、仲間外れにされた気分になると、ぷうっと頬を膨らました。
「うーん。此処には無いと思うんで、今度下界に降りた時、本見つけて来ますね」
天蓬は元帥の特権を乱用して勝手に下界に降りては色々な物を持ち帰る事が出来るので、気軽に約束した。
「いついつ?」
待ちきれないとばかりに質問する悟空を見て、天蓬は眉を八の字にさせた。
「じゃあ、今度の休みに探しに行って来ますから、楽しみにしていて下さい」
悟空の顔が、ぱあっと輝いた。
「本当⁈、サンキュ!」
暫くして悟空が帰り、静かになった部屋で、捲簾はまたソファーに寝転んで煙草をくゆらせていた。
「今度の休みって3日後だよな。俺も行くわ」
思いもよらない捲簾の言葉に、本を読む天蓬の手が止まった。
「珍しいですね。貴方がついて来るなんて」
下界に遊びに降りる天蓬は、いつも色々な物を持ち帰る。その為に沢山の紙袋を持ち、大きなリュックを背負いヨレヨレのオタクみたいな服装をするので、捲簾はダサくて一緒に歩きたくないと言っていたからだ。
「荷物位はもってやるよ」
上半身を起こし、ソファー越しで天蓬に笑顔を向けた。
「妙に優しいですね。何か企んでますか?」
天蓬は疑いの眼差しを捲簾に向ける。
「いんや?悟空の為に本を探しに行って、途中で他の本に目移りして目的忘れて帰って来たら、悟空が悲しむだろ?俺も探してやろうと思って」
天蓬は心外だと言わんばかりに目を見開いた。
「いくら僕でも流石に悟空を悲しませることはしませんよ。でも貴方が悟空をそんなに気に掛けていたなんて驚きですよ」
「だろ?」
得意気な顔で返事をした捲簾に、天蓬は溜め息をついた。
「そんな嘘付かなくても、どうせ下界のお姉さん達とあそびたいって理由でしょ?」
「…バレタ?」
悪びれる様子もなく捲簾は舌をだした。
「自由行動してもいいですけど、帰りは重い荷物持ってもらいますよ」
「了〜解」
捲簾の口元に、怪しい笑みが浮かんだ。
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