白幸

月が綺麗ですね


偉大な昔の小説家だか詩人からか生み出されたその言葉は、後に幾多の数えきれないほどの人々の口から吐き出され、臆病な日本人の気持ちを語る手助けをしてきた、らしい。

つい先日そのことを知った。
というか、教えてもらった。
いつもの部活の帰り道、いつものように携帯を片手にふらふらと歩きながら電話をしていた。

まだ夕方だというのに、冬というものは無情でもうすぐ日が沈みそうだった。空の片手には雄大とまでは言えないが素敵なオレンジ色で、もう方手は藍色が指していた。

「月が…」
『え?なんて?月?月がどないしたん?』
「今日は月が綺麗だ」

うっすらと登っている月は、きっと夜が更けて行くにつれて色濃く輝くのだろう。でもきっとそんなことは家に帰ったらすっかり忘れちゃってカーテンを閉めきったまま俺は眠るのだろう。
自然とそんなことまで意識を導いた月は、やはりうっすらと、しかし確かに空に位置していた。

『なんやそれ、告白?』

くすくすと嬉しそうな笑い声が、無機質な機械を通して届く。

「なにがだよ…」
『え?知らんの?夏目漱石やけど』
「夏目漱石ぐらいは知ってるよ、猫の人でしょ」
『おお…まあ確かに猫の人やけど』

次は苦笑。忙しい人だな、って思う。俺だって柳よりは遥かに感情表現に長けているとは思うけれど、でも白石にはかなわない。これは関西人だからなのか、それとも白石だからなのかはわからないけれど。

『まあええわ、家帰って調べてみ?』

はいはい、と適当に流して他愛無い話を楽しんで、電話を切った。

家に帰ってからご飯を食べてお風呂にも入って布団に入る前にふと思い出して検索してみた。

I love you 、ね…。なんて紛らわしいんだ。こんなのきっと、言われても気づかないよ。

……恥ずかしいこと言っちゃったなあ。
顔が赤くなった気がして、電気を消して布団を抱きしめて眠った。
結局、やっぱりカーテンは開けなかった。













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