捧げ物
□お引っ越し
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「ん、何とか片付いたかな。」
最後のダンボール箱にガムテープで封をして、ぼくは住み慣れたアパートを見回した。
かつて黒い噂に包まれていた親友、今は恋人となった御剣に逢う為だけに弁護士を目指し、毎日深夜まで勉強したこの部屋。
今日、ぼくはここを離れて、最愛の人のマンションに引っ越すんだ。
大好きな御剣と一つ屋根の下で暮らせるなんて、すごく嬉しくて楽しみなんだけど、でも、ホントにいいのかな。
検事と弁護士おまけに男同士という、絶対に公にできない関係なはずのぼくらが、『同棲』という暴挙に践みきったのにはもちろん理由がある。
そう…ひとえにぼくが至らないせいで、心配性な恋人をとうとうキレさせたんだ。
「キミを一人で置いておくと私の心臓がもたない!今すぐこの部屋を解約したまえ!」
血相を変えた御剣にそう怒鳴りつけられたのは先週末のこと。
最近少し名前が売れてきて忙しくなっていたぼくは、刑事事件の裁判を二つ掛け持ちで受け持っていた。
当然寝る暇もロクに食事をとる暇もなく、ましてや最愛の恋人との甘い時間など全く取れなくて。
たまに裁判所や警察署などで顔をあわせるくらいしかなくて。
その度に御剣の眉間には深い皺が刻まれ、気遣わしげにぼくを見ていた。(っていうより睨み付けられてた。)
ある日はとうとう腕を掴まれて物陰に引っ張り込まれ、子供が泣いて逃げ出しそうな恐ろしい顔で説教されたっけ。
「なんて顔色をしているのだキミは!?忙しいのは結構だが、体調管理くらいきちんとしたまえ!」
「あはは、ごめん。でも明後日の審議で片が付きそうなんだ。そしたら少し休むから。」
「今すぐ少しでも休めないのか?ミドリ色の顔でフラフラと、危なっかしいにも程がある。だいたいキミは…」
「あ〜ごめん御剣、お説教は明後日以降にゆっくり聞くからさ。ぼくもう行かなきゃ。留置所の面会時間終わっちゃう」
あたふたと逃げ出したぼくを見送っていた御剣の、なんともいえない表情は今でも忘れられない。
そんなこんなで、最終審議を二件ともなんとか無罪判決で終わらせたぼくは(相変わらずの崖っぷちはもはや鉄板…あはははは)、重い身体を引き摺って何とかアパートまで帰ってきた。
さぁ、寝るぞ。泥のように眠るぞ。あ、その前にシャワー浴びようかな。
思えばこの最後の選択がまずかったらしい。
閉じそうになる目を必死でこじ開けながらシャワーを浴びたぼくは、浴室を出た途端に立っていられないほどの目眩に襲われた。
「うわ、ヤバい…」
濡れたままの体に取りあえず部屋着代わりのスウェットを身につけて。
脱ぎ捨てたスーツのポケットから携帯を引っ張りだして。
途切れそうな意識を無理やりつなぎ止めながら御剣の番号をコールする。
(頼む…早く出て…)
『私だ。どうした?』
耳に心地よく響く甘いテノール。…あぁ、御剣だ。
「…みつ………」
「!?…成歩堂?どうした、なにかあったのか?……成歩堂!?おい!」
だんだんと焦りを滲ませてくる恋人の声を遠くに聞きながら、ぼくの意識は闇に呑み込まれていった。
*********
ふわふわ…
ふわふわ…
額に触れる優しい感触にぼくは目を開けた。
…あれ?ここどこだ?
「!気が付いたか、成歩堂」
「みつるぎ…?なんで?ここどこ?」
「病院だ。…まったくキサマというヤツはッ!?」
それまで撫でてくれていた手が、ピシャリとぼくの額を叩く。
「痛ッ!」
「あのあとすぐ駆けつけて、倒れているキミを見た時には心臓が止まるかと思ったぞ。だからあれほど気をつけろと言ったのだ馬鹿者」
キツい口調とは裏腹に、今にも泣き出しそうな顔をしている御剣の姿に、ぼくはひたすら謝るしかない。
「うぅスミマセン…」
やがて御剣は、ぼくの手を両手で包むように掬いあげ額に押し当てた。
「……頼むからあまり心配をかけないでくれ。」
「うん、ゴメン。来てくれてありがとな、助かった。」
仕事を途中で切り上げて駆けつけてくれたであろう御剣に、改めて礼を告げると、ふわりと微笑んでくれた。
「礼には及ばん。頼ってくれて嬉しかった。点滴が終わったら帰っていいそうだ。送ろう。話がある。」
最後の一言に怯みながらも、着の身着のままで病院に運ばれたぼくには帰る手だてもない。悪いなと思いつつも仕方なく甘えることにした。
御剣に支えられながらアパートに戻ったぼくは、さっきから気になっていた疑問をぶつけてみた。
「御剣、話ってなに?」
お説教ならなるべく短めにお願いしたいなぁ…と胸中で呟いたぼくに、真顔の御剣がのたまったのは…
「一緒に暮らそう。」
「…は?」
何言ってんのコイツ?
ぼくらの立場わかってる?いやいやぼくはいいけど、オマエはマズイだろばれたら…。