捧げ物

□夕立のなかで
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夕方の審議を終えて裁判所をでた僕は、ポケットの携帯電話が振動しているのに気付き足を止めた。
ディスプレイが示すのは僕の最愛の人の名前。

「もしもし、僕だけど。」
「私だ。審議は終わったのか?」
電話の向こうから聞こえてくる優しいテノールに、僕の頬はだらしなく緩む。
「うん、たった今」

「ならば、今からこちらへ来ないか。勝訴を祝って紅茶をいれてやろう。」
何も言わなくても、僕が勝ったと思ってくれる信頼がくすぐったい。

「いいの?仕事は?」

「今日はもう片付く。紅茶を飲みながら待っててくれれば一緒に帰れると思う。」

「え、ホント?」
久しぶりに一緒に過ごせそうな週末に、僕は嬉しくて仕方ない。

「分かった。じゃ、すぐに向かうね」

「急いだほうがいい。ひと雨来そうだ。」

御剣の言葉に空を仰げば、南の空から迫りくる真っ黒な雲。

「うわ、ホントだ。どっかで雷の音もしてるや」
電話を切り、急ぎ地方検事局へと足を向ける。
官庁街へと入り、労働基準監督署の前を通り掛かった時、大粒の雨が降りだした。

そして周囲を白く照らす閃光と耳をつんざく轟音。

「ひゃあっ!」

僕は思わず耳を押さえて踞った。

実は僕は雷が苦手だ。
あの音を聞くと足がすくんで動けなくなる。

やがて雨も本降りとなり労働基準監督署の軒先に座り込んだままの僕は、横殴りの雨に打たれながらも動くことができなかった。

間を置かず閃く白い光。それに付随して鳴り響く轟音。

「みつるぎ…怖いよ…みつるぎ…」

顔を濡らすのが雨だか涙だか解らないくらいにグシャグシャになって、僕は必死に恋人の名を呼ぶ。
そして、一際強い光と近くに落ちたらしい轟音に、一瞬意識が飛びかけた時…

「…るほどう、成歩堂!どこにいる!?」

雨音に紛れて聞こえてきたキミの声…。

「…みつるぎッ!」

「成歩堂!大丈夫か?」

やがて僕の視界に入ったのは、ワインレッドの傘をさして心配そうに僕を覗き込む御剣の姿だった。
「みつるぎ…ぅわぁぁぁぁぁん」

「成歩堂、大丈夫だ。私がここにいる。…あぁ、びしょ濡れではないか」

優しい声と共に柔らかいタオルが僕の頭を包みこんだ。

「…ひっく…ぅえ…」

「初めから迎えに来ていれば良かった。怖い思いをさせてすまない。」

優しく囁きながら頭を撫でてくれる大きな手に、僕は段々落ち着いてきて。

「さ、立てるか?帰ろう。」

逞しい手に引っ張りあげられ、背中を擦られながら僕は御剣と並んで歩いた。

雨はやがて小降りになり、雷鳴も遠ざかっていく。

怖くて怖くて意識まで無くなりそうになったあの時、降りしきる雨の中僕を探しにきてくれた御剣。
僕は隣を歩く、昔からの僕のヒーローの顔を盗み見た。

僕の、僕だけのヒーローは、僕の視線に気付くとクスリと笑い、さしている傘をグッと低くして隠れると、優しいキスをしてくれた。

空には虹が広がっていた。





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