宝物庫

□〜ハグの日〜
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「ただいま。」
自宅の玄関。ドアを開ければキッチンからパタパタと足音が聞こえてくる。
「おかえり。」
そう言って伸ばされた両腕が私の身体を優しく包みこむ。
鞄を床に落とし、その身体を抱きしめる。
海外研修中であれば、ハグなど挨拶代わりのような物だった。
日本に戻った今、同じハグでもその行為の持つ意味は大きく違う。
抱きすくめられた成歩堂は恥ずかしそうに私の肩に額をつける。
日本に戻ったばかりの私はハグについて何気なく思ったことを成歩堂にしゃべってしまった。
「挨拶代わりでも御剣にハグして貰えるんだったら、僕はうれしいけどな。」
「そ、そうか。」
成歩堂のそのかわいらしい答えに思わず頬がゆるむ。
「あ、でも。」
「でも?」
「……挨拶代わりだったらさ、御剣。僕以外にもハグしちゃうって、ことでもあるんだよね。」
「な!」
最初は、へぇと感心したように聞いていたが、その言葉を口にした成歩堂の表情はどんよりと沈む。明らかに私は地雷を踏んでしまったようだ。
「そ、その。特別な意味はキミにしか、持っていない!」
「わ、わかってるけど。」
この想像以上にデリケートでやきもちやきの恋人にどうにか挨拶のハグと愛情のハグ、この違いを明確にせねばならない。
激しく巡らせるロジックは一つのアイデアを私に落とす。
「な、成歩堂。こうではどうだろうか?」
「へ?」
私は成歩堂の身体をぎゅっと抱きしめ耳元で小さく囁く。
「――愛している。」
「ば、ばか!!それ、もうハグじゃないだろ!!!」
身体を離す成歩堂は上気した頬でこう言い放った。
「この際だからハッキリ言うけど。日本で僕以外に、同じことしたら絶対に許さないから……ね?」
冷めた目が穏やかに私を見つめる。
この法に触れた場合の罰則の恐ろしさを想像すれば、間違いなど犯すはずはないだろう。
「も、もちろんわかっている。」
そう述べるしか私にすべはなかった。



→あとがきとお礼
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