一四○語り

□7.
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御剣の好きなモノ。
こだわって選んだ茶葉から淹れた紅茶。
お気に入りの本が並んだ書棚と、その上のトノサマンぬいぐるみ。
皮の剥かれた甘栗。
お日さまの匂いのするお布団。
朝からじっくり煮込んだビーフストロガノフ。

そして………ぼく。


********


「成歩堂、キミはいつも可愛いな」
「………はい?」

平日の夕方、唐突にぼくの事務所に現れた御剣が開口一番にのたまった。
「キミのその瞳はどんな宝石よりも輝いていて美しい。」

「…どしたのお前?」

「ウム…恋人はつねに褒め称えてやらないと離れて行ってしまうと…」

どこで仕入れてきた知識だよソレは!?
ぼくはため息をついて御剣の首に腕をまわした。
「そんなことしなくても絶対に離れてなんてやらないから安心しろ」
心配性な恋人はふわりと笑ってぼくをギュッと抱き締めた。


********


「あ〜、今日はなんか疲れた〜。みつるぎ〜、夕飯は出前でいい〜?」

「む、構わんが大丈夫なのか?体調が悪いなら病院に…」

「あああ、大丈夫だから!心配するほどのことじゃないから!」

「むぅ…しかしだな…」

体調が悪いわけじゃないけど、なんとなく家事をお休みしたくなる時があるんだよ、主夫にはね。


*********


「ひゃぁぁぁぁっ!」
悲鳴を上げて私にしがみつく可愛い恋人。
でも目線はテレビに向いたままで…。

「ぅわわっ、ひゃー!」

「…そんなに怖いのならば観なければよかろうに…」
「怖いけど観たいんだもん」

私にぴったり張り付いた彼の視線の先には『恐怖!心霊大特集』というテレビ番組。私は内容には全く興味はないが、くっついてくる恋人の温もりと肌触りを心ゆくまで楽しんだ。


*********


「みつるぎ〜、お茶にしようよ。」
急ぎの持ち込み仕事の為に朝から籠っている御剣の、書斎のドアをノックする。

「ウム…」
やがて書斎のドアが開き中から住人が顔をだした。うわ…厳しい顔…。仕事が捗ってないのかな?
そんな時にはとっておきの魔法がある。

「今日のオヤツはホットケーキだよ」

皺が刻まれた眉間に口付けながらのぼくの言葉に、嬉しそうに笑った御剣。
ホットケーキもぼくからのキスも、キミの大好物だからね。


*********


「〜♪」
キッチンから楽しげな鼻歌が聴こえてきた。
夕飯の支度をしている成歩堂の、役者を目指していただけあって、耳に心地よい声だ。
読んでいた本を伏せ、しばし耳を傾ける。

…遠くに聴こえていたハズの歌声が不意に耳元で聴こえ、驚いて目を開けた。
「良く寝てたね。ご飯できたよ。」
ムウ…いつの間にか眠っていたのか。恋人の歌声とキスとで目覚めるとは幸せモノだな、私は。


********


「成歩堂、好きだ。」
「愛している」
「何よりもキミが大切だ」
「いつまでも二人でいよう」

御剣がぼくにくれる言葉の数々。

それに対してぼくの答えはいつも『ぼくも…』。
「えぇぇぇぇっ!ナルホドくんそれマズイよ!」
「そ、そうかな真宵ちゃん?」

「恋人への愛はつねに言葉にしないと気持ちが離れてしまうらしいよ。」
(ここか、御剣の恋愛情報源は!?)

「ナルホドくんからもちゃんと言ってあげないと!ほらほら電話する!」
「う…うん…」

真宵ちゃんの迫力に、思わず携帯を手にする。平日の昼間だし、アイツも仕事中なんだけどなぁ。

「あ、もしもし御剣?ぼくだけど。あのさ…あ、愛してる…よ」

電話の向こうで何かが派手に倒れる音がした。


*********


処理をしてもしても減らない書類の山。次々に送られてくる案件。
被疑者の取り調べには神経を削られ、上司の厭味には胃を痛め、ため息しか出ない午後の執務。

痛むこめかみを揉みながら次の書類に手を伸ばしたその時、プライベート用の電話が鳴った。

ディスプレイに表示された名前を見た途端に、最悪だった機嫌が一気に急上昇する。

「ム、私だが。どうしたのだ、珍しいな」

『あ、もしもし御剣?ぼくだけど。あのさ…あ、愛してる…よ』

耳と肩で電話を挟み、デスクの隅に積まれた書類に手を伸ばしていた私は椅子ごと派手にひっくり返った。
そんな可愛らしい不意討ちは反則だぞ。


********


真宵ちゃんを先に帰し、そろそろ事務所を閉めようかと所長室を出たその時、事務所の扉が開き見慣れた紅いスーツが入ってきた。

「御剣?…って、どうしたんだよお前、そのおでこ!?」

恋人の端正な顔立ちを覆う大きな絆創膏。

「…キミのせいだぞ」

「へ?ぼく何かした?」

「キミがあんなに可愛らしいことを言うからだ。」

「あ」

夕方にかけたあのこっ恥ずかしい電話。
あの何かが倒れる音はひょっとして…。

「みつるぎ…あの…」

「キミのせいだ」

御剣はもう一度そう言ってイヤらしく微笑うと、ぼくの手を引いてぎゅうっと抱き締めた。

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