宝物庫

□連鎖終着点2
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……いけない。このままでは彼が離れていく。成歩堂を傷つけてしまう。

「何だよ。やっぱり、僕のことなんて、どうだっていいんじゃないか」

先約は、嘘だと。冗談だと紡ぐはずだった唇が、引き攣る。
どうだっていい。……そう、思っているのは。

「キミにとって。私は何だ」

「御剣……?」

「私など、どうだっていいのだろう。キミは」

成歩堂。キミの方ではないか。

「なんだよ、それ」

成歩堂が私を睨む。私も同じく彼を睨み返した。彼は一瞬戸惑ったような表情を見せたが、直ぐに気を持ち直し、目を鋭く細めて苛立ちを露わにさせた。降ろされた両手は強く握られている。

「元はといえば、お前が約束駄目にしたんじゃないか」

彼の声は辛うじて冷静さを保っていた。私が、言葉を吐くまでは。

「私は貴様と違って多忙でな。休みに急用が入る事など少なくもない。……仕事もなくただ、ぼおと事務所に引き籠っているような貴様には理解できないのだろうが」

嘲笑うように言えば、成歩堂が激昂に顔を歪めて声を荒げる。

「そんな言い方……!」

彼は怒りに言葉を詰まらせている。まるでスクリーン越しに見るような感覚だった。
色が消え、音が消え、私は思考の波に呑まれていく。

こんな思いをするくらいなら、成歩堂の傍になど居なければ良かった。
彼のことなど。

「好きに、ならなければ良かった」

言葉はほぼ、無意識に紡がれた。僅かばかりの後悔が襲うが、少し頭を振るだけでその後悔は薄れていく。何を、悔む必要がある。私が好いたのは、時折優しく笑う成歩堂であって、こうして睨みながら恨み事ばかりを投げつける彼ではない。

私はただ、理想を押し付けたのかもしれない。成歩堂はこうである、と自身の想像ばかりに囚われ、本心を知ることなく浮かれていただけなのだろう。
成歩堂を視界に入れている事すら嫌になって、背を向ける。彼は何も言わなかった。だから私も何も言わずに足を進めた。彼がどのような表情をしていたか、分からない。良心が痛むような気がした。しかしそれは、気がしただけのことだ。直ぐに、憤りで胸が詰まっていく。
何もなくたっていい。ただ、傍にさえ居てくれさえすれば。……そう、いくものか。私は仏でも菩薩でもない。見返りを求めてしまうのは、至極当然だ。
……当然。本当に、そうだろうか。私が一方的に思いを押しつけて始まったこの関係に、見返りだと? 私はただ、自らの欲求が満たされないことに苛立ち、それを不条理に打ち当てただけではないのか。
憂悶し、只管に足を進めていたが自身の執務室を通り過ぎていた事に気付き、足を止めた。

暫くは、彼に会わずに居るべきだろう。私自身、冷静さに欠けてしまっている。数日……いや、出来る事ならば数週間。これだけ時間を開ければ、多少は落ち着けるはずだ。
その時には、改めて彼と話をしよう。これから、どうするべきなのか。

……名ばかりの恋人など、辞めてしまうべきなのかを。

溜息を一つ床へと転がす。溜息は、これで仕舞にしよう。明日のことを考えればいい。明日、改めて事件現場――尤も、これは本日とは別件だが――での指揮を執り、決定的な証拠を掴む。今は、この事だけ考えればいい。
成歩堂のことなど考えずに。……それだけを。

仕舞にするはずだった溜息が、もう一つ零れ落ちた。出来る筈がない、とでも言うかのように。



《連鎖終着点3に続く》
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