ミツナル語り

□二人と事件
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8月某日、地方裁判所第六法廷。

御剣の担当する法廷を傍聴していた成歩堂は、思わず顔をしかめた。

(アイツ…なんであんなに…)

成歩堂が心配になるほど、今日の御剣は容赦なかった。

事件は確かに痛ましいもので、8歳の男の子が実の母親の手により虐待され、死に至らしめられた というもの。

母親は重度の育児ノイローゼに掛かっており、平時は男の子を可愛がっていたという証言も出た。弁護側も犯行時の心身脆弱を主張し情状酌量を狙う戦法だった。

しかし、被告人である母親を追及する御剣は容赦なかった。
別の証言から、虐待が日常的に行われていることを証明し、母親の行為を断罪し、結果、実刑判決をもぎ取ったのだ。

母親を断罪している時の御剣は、かつて黒い噂に包まれていた時のように、冷たく酷薄とした雰囲気を纏っていた。

確かに母親が犯した罪は重罪だ。
だが、父親はめったに家に寄り付かず、相談できる相手もいなかった母親にも同情すべき余地はある。

(…アイツらしくないな、何かあったかな?)

成歩堂が心の中で呟いた時、舌打ちの音が鼓膜を揺すった。

「?」

さりげなく周囲を伺うと、キャップを目深に被り、パーカーのポケットに両手を突っ込んだ若い男が傍聴席から立ち去るところだった。

男のその様子は気になったが、御剣が退廷したのを見て、成歩堂も慌てて廊下へ出る。

控室には立ち寄らず、そのまま階段をつかい裁判所の外へ出た御剣に、息を切らせて呼びかける。

「お、おい御剣。」

「む…キミか」

チラッとこちらに視線を向けただけで、歩調を緩めず歩き去ろうとする御剣に走りより腕を掴む。

「ちょっと待てよ!」

「・・・!何をする!場所をわきまえろ」

振りほどこうとした腕をさらにきつく掴み、成歩堂は御剣を裁判所の裏に引っ張りこんだ。

「さっきの審議、いったい何だよアレ?」

「…なにがだ?」

自分の腕を抱え込み視線を逸らす御剣に苛立ちが募る。

「あんなのお前らしくないよ。傍聴人も全員被告人に同情的だったぞ」

「生憎私は、人に良く思われる為にこの仕事をしているわけではない」

「そうかも知れないけどッ!あんなキツイ言い方をして被告人を追い詰めて。あれじゃまるで狩魔の…」

言いかけた成歩堂に、激昂した御剣の言葉の刃が向けられた。

「煩い!キサマのようなシロウト弁護士が私の検事としての在り方に異を唱えるなど百年早い!」

言いすぎた…。
そう思った時には、成歩堂の目に涙が盛り上がり、すでに決壊寸前だった。
「みつるぎの馬鹿ぁッ!」

叫ぶと同時に成歩堂の涙腺は崩壊し、御剣に背を向けて駆け出した。

「…なるッ…」

焦って呼び止める御剣の声が耳に届いたが、成歩堂は足を止めなかった。

明らかに何か悩んで苦しんでいる御剣が、自分に何も話してくれないことに、情けなくて悲しくて涙が溢れた。

(御剣なんか知るもんか…)

そう胸中で呟いた時、一人の男とすれ違った。
見覚えのあるキャップとパーカー。
男は俯いて、パーカーのポケットに手を入れたまま、足早に成歩堂が今来た道を歩いて行く。

急に何故かイヤな予感に襲われ、成歩堂は咄嗟に男の後を追った。

男に遅れること僅か、角を曲がった成歩堂の目に飛び込んできたのは、男が刃物のようなモノを両手で構え、御剣に体当たりしている瞬間だった。

‐なに?
‐なにがおこってる?

あまりにも恐ろしい光景に立ちすくむ成歩堂を我に返したのは、赤いスーツが、それよりも尚鮮やかな色彩を纏って地面に崩おれた音だった。

「みつるぎッ!!!」

小型のサバイバルナイフのような凶器を、尚も振りかぶらんとする男に成歩堂は、体当たりしてそれを防ぐ。
男が大きく体勢を崩したその瞬間、成歩堂はサバイバルナイフを素手で払い飛ばした。

男は暫く躊躇したが、誰かが通報したのだろう、遠くパトカーのサイレンが聞こえてくると踵を返して逃げ出した。

「みつるぎッ!みつるぎッ!」

成歩堂は必死に御剣の名を呼びながら、色を失ったその上半身を抱き起こした。

「だ…いじょ…うぶ…だ。脇腹…を…刺された…だけ…だ…」

今にも泣き出しそうに歪んだ顔の成歩堂を安心させるためか、蒼ざめた顔で無理に笑ってみせる。ともすれば、痛みで遠退きそうになる意識を必死に繋ぎ、成歩堂の頬に震える指で触れる。

「キミは…ケガ…は…ない…か?」

「僕なら大丈夫だからっ!もうしゃべんな!」

御剣の脇腹のキズからジワジワ染みだす血を、脱いだ上着を押し当てて止血する。
成歩堂の青い上着は、御剣の血を吸って黒く染まっていった。

やがて救急車とパトカーが同時に到着し、見慣れたコート姿を認めたとたん、成歩堂は安堵のあまり泣き出した。

「アンタッ!大丈夫ッスか!?」

「い、イトノコさん、みつるぎが…」

「…検事どのッ!?おい、怪我人はここだ、急げッ!」

糸鋸刑事の指示に、救急隊員が駆けつけ、成歩堂の腕から御剣の体を受け取り、ストレッチャーに乗せて救急車に収納した。
走り去る救急車を見送った糸鋸刑事は、震えながら泣きじゃくる成歩堂を宥めにかかる。

「落ち着くッスよ。検事は大丈夫ッス。救急隊員にもしっかり受け答えしてたし、心配ないッスよ。」

泣きながらガタガタ震えている成歩堂の頭を優しく撫でながら、糸鋸刑事はなんとか落ち着かせようと努める。
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