Sweet Adult

□wisteria violet 後編
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「へえ、そんなことがねえ」
昨日のことを社長に話すと、意外にもあまり驚かれなかった。
結局、昨日はアキラは来たには来たけど、
とっくに日も暮れて深夜になってから出勤したから、
花林という名の彼女はアキラとは会えずじまいだった。
そんなことしなくても、俺がアキラを携帯で呼び出してあげようか、とか
アキラの連絡先を教えてあげようか、
とか提案したが、それはしなくていいと断られ、
じゃあ、アキラに、待ち人がいるから早く来いと言っておくと言ったら、
なぜか、絶対にやめてくれと言われた。
「彼は、私が待っているなんて知ったら、もうお店にこないかもしれませんから、絶対に言っちゃダメです」
とのこと。

「あの子、あからさまに怪しすぎて、突っ込めないというか……
アキラのストーカーかなんかですかね」
タバコの火を消しながら、そう問いかけたら、
「けっ、女にストーカーされるたぁ、良い御身分じゃねぇか。
まぁ、その子の気が済むまで待たせてやりな」
「いいんですか?」
「仮にお前の言うとおりだったとして、女一人でできることなんざ限られてるだろ。
ココは男ばっかりの世界。何かあったとしても何とかなるさ」
「それはまぁ……そうでしょうけど。
あ、そうだ。そこの椅子借りてもいいですか」
俺は、事務所の片隅に立てかけられている折りたたみ式の椅子を指差した。
「ん?いいけど何に使うんだ?」
「その女の子、今日もくるかもしれないから。
ずーっと外で突っ立ってんの、辛いと思って」
「なるほどな。好きにしな。
でもま、お前もその子に惚れられないように気をつけるこったな」
「……それだけは絶対ないと思います」
俺は苦笑して言った。
まぁ、あの子にどんな事情があるにせよ、
あのアキラに関係してるならほぼ100%、アキラのことが好きとか、
そういうことなんだろう。
「いいねぇ、青春時代って」
俺は不意につぶやく。
その頃は、まだ知らなかったのだ。
彼女が、青春なんて青くて甘い言葉でくくれる
ような時代のなかで生きていないことなど。
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