Sweet Adult

□salty,sour&sweet
1ページ/11ページ

都会の喧騒の真ん中、東京、新宿。
その更に奥まったところ、歌舞伎町。

俺は、この街で今日も生きている。
新しい人生を歩きだしたあの日、そして、あいつと出会ったあの日。

俺の人生の節目には、必ずこの街が背景にある。
ここは、俺の原点。
―いちばん大切にしている街。

「弾季さん、正気なんですか?」
凛とした澄んだ声で名を呼ばれる。
ここで俺を『弾季さん』なんて呼ぶ奴は一人しかいない。
ホストクラブ・『kouign amann‐クイニ―アマン‐』のナンバー1ホスト・聖美(さとみ)だ。
本名は、乾悟己(いぬい・さとみ)。
とはいえ、本当にこれが本名なのかは定かではない。
「いいですか?帳簿と小一時間睨めっこしていただきたいのですが…、
この物入りな時期に、3人も新人を雇うってどういうことです?」
悟己は俺を軽く睨みつけて言った。
こいつは、憎たらしいくらいに有能なホストだ。
女は皆、こいつがニッコリほほ笑めば金を落とす。
それこそ一本何十万円とするドン・ペリニョンのゴールドだって入れる。
こいつはその辺のドル箱アイドルなんかより、もっと大きな額をたった数時間で稼ぐ。
ホストの世界が特殊だと熟知している俺でも末恐ろしいくらいだ。
「あーあー、落ち着け悟己。お前の言いたいことはわかってる」
「わかってないと思いますけど?」
悟己はその恐ろしく整った顔を歪ませて言った。
「……弾季さん。俺の育てた子たちになにか不満でもあるんですか」
悟己はいつもより低い声でそう訊いてきた。
無理もない。
こいつが精魂尽くして育てたホスト達は、今俺の店の主戦力になりつつある。
今更、何も知らない新人を雇う必要も、その余裕もないのだ。
「不満なんて一つもねーよ。お前の教育は完ぺきだ。
この歌舞伎町じゅう探し回っても、お前以上のホストも、その教育係もいないだろう」
「……だったら、なんで」
「2号店を、出したいんだ」
「……はぁ?」
悟己はおれの言葉に、あからさまな反意を示した。
「このクイニー・アマンもようやく軌道に乗ってきたしな。
いずれはもうひとつくらい、店を持ちたいんだ。その時の為に、人材は早いうちに確保しておきたい」
「本気で言ってます?」
「当然。俺は、やると言ったらやる男だぜ?」
はぁぁ、と悟己は大きなため息をついた。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ