長編草子

□契約恋愛
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ズラリと並べられた商品と、

最終チェックに慌ただしく動き回るスタッフ。


ここは、女の聖域。

百貨店の婦人服売場。



男は決して寄り付かない、伊丹茅野にとっては最高の職場だ。




『伊丹さん、外、かなり並んでます!』


それを眺めていた茅野は姿の見えない相手から届いた声に耳を押さえた。


「どれくらいですか?」

『二三百はいますっ』

「了解しました。怪我人出さないように誘導お願いします」


トランシーバーに接続したマイクに話しかけてから、目をあげる。



今日はサマーバーゲン初日。

毎年のことながら開店前はいつも以上に慌ただしい。





「開店まであと5分です」


張り上げるでもなく、けれどよく通る声でそう言うとスタッフが皆振り返って近づいてくる。



「連絡によるとすでに数百人が並んでいるそうです」



続きを待つスタッフを順番にぐるりと見渡して、


「ほとんどの方の目当てはここです。何かあってからではなく、何か起こる前の危機管理をお願いします」

『はい』


神妙な空気を緩ませるように、ふっと微笑んだ。



「あとは笑顔で、いつも通りの接客、お願いします」



いつも通り。

それは、何よりの信頼の現れ。


『はい!』


その返事に微笑んで、茅野は時計を見た。

あと一分。



「今日も一日よろしくお願いいたします」

『よろしくお願いいたします』


ざっと散らばっていく制服姿の販売員を見送って、

茅野も気合いを入れるようにスーツの裾を引っ張って形を正した。




♪〜…

『オープンしましたっ』


音楽が流れて、誘導員から連絡が入る。

茅野はすっと背筋を伸ばした。





伊丹茅野、26歳。


某百貨店の婦人服売り場のフロアマネージャー。

男嫌いだが、姐御肌の努力家のため人望は厚い。





そして、


「伊丹さん…」

「どうかした?もうお客様来るよ」

「……あとで相談があるんです。あの、立花さんのことで...」

「ああ…はいはい」



唯一の同期はよりによって、社内きっての遊び人。
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