長編草子
□嘘つき
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『幼なじみ』―――幼少期からの知り合い(国語辞典参照)
本当にそんな感じ。
「おはよう」
制服に着替えて、洗面所で身支度も整えて、平岡葵はリビングの扉を開けた。
コーヒーの柔らかい薫りが鼻腔をくすぐる。
「あら、おはよう。早いわね……制服?」
「今日から学校ですけど」
「そっか、新学期ね」
手際よく朝食を並べながら、母親の燈子がカレンダーを見た。
4月8日の欄には、でかでかと赤字で『葵の始業式』と書かれている。
父親でも、葵でもない、燈子自身の字で。
「……それにしては遅くない?」
じっと見つめる葵にごまかすように話題を反らす。
「始業式だけだから」
仕方なくそれに乗ってあげながら、ハムサンドに手をつけた。
「式に間に合えばいいの」
「準備はいいの?副会長さん」
からかう口調に顔をしかめて、けれど答えずにコーヒーを口に運ぶ。
「今日は関係なし。あ、でも後で明日の入学式の準備はあるけど」
「入学式かぁ…今年は誰が入るんだっけ?」
「んー、二つ下だから…さっちゃんと、ようくんと…だけかな?」
言った葵自身がびっくりした。
「そっか今年は二人だけなんだ…」
「少ないわね。アオたちの年の3人でも少ないと思ったのに」
「上と比べないでよ。同じ町内から3人なんて、これでも多いんだから」
葵の住む麻見丘町内は、東京から快速で一時間ほどの所にある十数年前にできたばかりの新興住宅街で、
小中学校からそれぞれ徒歩で5分と10分、同じく徒歩圏にはJRの駅とスーパー、病院があるいわゆるベッドタウンだ。
そんな子育てにぴったりの立地となれば、家族連れに売れ行きもよく、
最初の区画が分譲されてからの約一年で何十家族もが引越してきた。
移り住んだのは小学校に上がる前の小さな子供連れか、子供が出来ることを見越した家族ばかり。
同じ町内に住んでいれば、当然毎日のように顔を合わせるわけで、必然的に子供達は一緒に遊ぶようになった。
そうして、遊ぶ場所も、幼稚園も、小学校も、中学校もみんな同じ。
そんな中で育ったら、みんな気心知れていて、気が付けば町内中が幼なじみだ。
葵から見て三つほど上になると、一学年に6、7人この町内出身者がいたりする。
そして、葵にも二人、同級生がいる。