無双ビーエル
□武士と遊女
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「……お前、俺と逃げないか。」
清正は寝たあと、いつものようにまた言った。
俺はそれに答えず、鏡台に向かい口に紅を塗りなおす。
「今みたいに豪勢には暮らせないが、俺が絶対養う。」
「………うまく逃げられる訳がなかろう。馬鹿を言ってないで早く出ていけ。次は太客、旗本三男様がいらっしゃる。」
「俺の前でほかの男の話はするなっつってんだろ…ッ!!」
清正に後ろから肩を掴まれて畳みに叩きつけられる。
見上げれば若く美しいしなやかな筋肉のついた体と、男らしく整った顔が見下ろしてくる。
「……お前に迷惑はかけられぬ。孤児の俺は、ここで育ててもらった金額を返しても、この豪勢な暮しはまたすべて借金になる。永遠に払い終わらぬ仕組みだ。そして俺は男にしてはこの街で一番稼ぐ。それを逃がす訳あるまい。」
「…三成…!」
「お前はそのなけなしの金をはたいて、本当にたまにでよい、たまに会いにきてくれればよいのだ。それだけで俺は…生きていける。」
「………今、初めて、俺を好きって言ったか?」
話の論点はそこではないが、清正があまりにも子供みたいに見つめてくるのが可愛くて、首に両手をまわして唇を重ねた。
「ん、ふ…っ…、んん。」
熱い舌になぶられて、せっかくつけなおした紅が剥がれる。
清正の手が腰に廻るのを許さないで離れる。本当に、時間だ。
「…またな。」
清正は立ち上がり、着物を着直し、刀を二本帯に挿す。
はしたなく乱れた着物をなおして、俺は頭を下げて、清正が退室するまで決して上げなかった。
夜が明けてまた昼が終わり夜がきて。
その日はめずらしく体が空いていた。年に数えるほどの休息日に部屋で蝋燭の明かりを頼りに書物を読みながら外を眺める。
「………なんだ、あれは?」
煌びやかな夜の街が、いっそう騒がしくいっそう明るかった。
花街に、火の手があがっていたのだ。
そとの異変に気付いたのと同時に用心棒の正則が部屋へ慌てて転がり込んできた。
「やっべーよガチで火事!!風つえーからこりゃこっちくるぜ!逃げる用意しとけ!!」
「……お前、枷をはずせなんて絶対に指示されてないだろう?」
「…他の奴も鍵外してくるから先逃げてろ。」
「ば、馬鹿!!誰か逃げてそのまま戻らなかったら、お前、殺されるぞッ!!」