無双ビーエル
□気付けばもう、取違えてた
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加藤清正の屋敷奥には、決して踏み入れてはいけない部屋がある。
そこに近づく者は誰であれ例外なく殺される。
日も差し込まぬ、冷たい座敷牢に、音すらない世界。
常人成れば容易に狂ってしまうような暗やみのなか、それはゆっくりと床を這った。
そこに入れるのは、清正本人と、その床を這う者だけなのである。
それ以外が知れば、殺されるのでやはりその世界は二人のまま。
閉ざされた檻の中なのである。
駿府城。
「…して、清正殿、かの狐はどうされた?」
「はい。」
家康に呼ばれた清正は、とりあえず返事だけはしたものの、家康から視線を外した。
「さて、なんのことやら。」
「ふ、とぼけるか。」
「別に。ただ、家康殿は、なんの心配もいらぬと、それだけは伝えておきましょう。」
「ふむ。くれぐれもご内密に。ばれてはさすがにことですぞ。」
家康が床をトン、と扇子で叩けば上から半蔵がおりて清正の背後につく。
「……先日、狐のまわりを小姓が嗅ぎつけたとか。」
家康が怒りを露に言う。大方しのびに調べられたのかと清正は呆れた。
「ちゃんと殺した。問題ない。」
「しっかりしてくれなくては困りますぞ。第一、自分の手で仕留めたいと言うから内密に偽物をさらし首にしたのだ…生きていると世にしれたら、また乱世になる!それほどことは重大だ!」
「……ただの腐った狐に、そんな価値はない。アンタも見れば解る。アレはただのか弱い哀れな俺の玩具だ。」
清正は立ち上がり、襟を締めなおす。
「忠告はよく解ってる…だが、まだ殺さぬ。じきにアレは勝手に死ぬさ。第一、アンタが俺をここに呼んだ数日、奴は飲まず食わず闇の中鎖に繋がれている。それがどんな地獄か解るか?そして俺が訪れたとしても、犬みたいに餌を食い、得られるのは暴行だけだ。」
家康は眉をひそめて非難めいた視線を向けた。
「ならば殺してやればいい…立派な武士を、恥を知れ。」
そんなごもっともなことは言われなくとも解っている。清正は血走った目を向けてすぐ背をみせた。
「…次しのびなんぞ差し向けたら、見つけしだい殺すからな。」
清正はそれだけ言うと不躾に部屋を出て、急ぎ馬を走らせた。
早く、早くあの部屋に行きたい。
―――三成に、会いたい。