無双クロニクル夢

□姉川のなみだ
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月は焦っていた。
己と同じ、心に情のない信長だからこそ、乱世をおわらせると信じてきたのに、信長は市に対してだけは、その情に戸惑い、あがくように見える。
それを一刻も早く奪わねばならない。

『……信長さまが、いかなる横暴や、残虐な行為をしても、私は離れませぬ。』
『………』
『だから私だけに安心して委ねてください。…信長さまに、私が死ぬまで愛情をしめしましょう。』

信長の髪止めを外し、はらりと落ちた烏色の髪をゆっくり撫で付ける。
信長はその手をつかみ、口に小指を入れると、噛み付いた。血がにじむが月は痛みに耐え、なんでもないかのように笑ってみせる。
信長が月の胸に顔をよせ、小さな背をきつく抱き締めた。

『まだ鳴ける鶯を、殺してはつまらぬ…夜伽話を。』
『え?』
『お伽話だ。何か用意してあるのだろうな?』

信長の瞳は狂気を消して、いつものように真っ黒で無機質になる。
それを憐れみながら月は昔聞いたお伽話をぽつりぽつりと始めた。
信長の孤独な心に、子供騙しの話はまったく響かなかったが、それから月を夜毎呼んでは寝付けぬ子供のように話をせよと命じる。
時折思い出したかのように月の体に傷をつけては、許す姿にいつしか信長は笑うようになった。






「…市、笹の船の作り方、教えて上げる。」
「え?」

笹の葉を持ち、月が器用に船を作る。真似て市も作ると、二艘の船を川に浮かべて、流した。

「長政が死んだのは、私のせい。私が信長さまを、冷酷にした。」
「…もういいのです。私も長政さまを愛してたけれど守れなかった…子供みたいに、かわいい人だったの。変ね、お兄様に似てたと思ったわ。お兄様も、子供みたいな時があるのよ。もう、市にはその姿、見せてはくれないけれど。」

くすくす笑う市に月はもう一つ船をつくり、うけとった市はそれも川に再び流す。

「市、あなたと娘達、この詫びに一生見守ると、誓いましょう。」
「私はいいの……万が一の時は茶茶を、お願いします。あの子だけは、なんとしても」
「……はい。」

信長の子だということを、市は知っている。
月は己の業の深さに絶望しつつも頷き、市の体を抱き締めた。


姉川へと続くこの川に、笹の船は三艘仲良く流されて、やがて沈んだ。





END

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