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□凡夫と悪漢のケース
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※ヤンアカ注意






衝撃だった。
恐ろしさよりもおぞましさよりもその他すべての感情を退けて衝撃だけが身体中を突き抜けていった。
何故ここに、という問いが喉元に引っ掛かって出てこない。代わりに喉の奥から潰れたような不自然な息を吐き出した。


「やっと会えた、凡夫。」


待ち伏せていたとしか思えない。
あと一つ角を曲がれば自宅だという距離で突然物陰に引きずり込まれた。
強くコンクリートの壁に押しつけられた背中よりも興奮の為か恐ろしいほどの力で掴まれた肩に痛みを感じた。


「久しぶりだね、凡夫。オレが居なくて寂しかったでしょ。オレも凡夫に会いたくて堪らなかった。これからはずっと一緒だからね。もう凡夫を一人ぼっちにはさせない。そうだ凡夫なんて可哀想。平山幸雄って呼んであげる。」


洪水の如く溢れ出す言葉からはいつもの冷静さなど微塵も感じられない。
切れ長の瞳を生き死に賭けた麻雀で見せる狂気に染めてただオレを見つめている。
まるで喰い尽くされそうだ。恐怖が今になって追い付いてくる。
肩を掴む力は弱まるどころか強くなる一方で。痛みがオレに現実を直視させる。


「どうしたの。震えてるよ、呼吸は荒いし。何に怯えてるの。オレがいるのに。
ああ分かった。鷲巣と戦るからだね。いいよオレが出るから。代わってあげる。幸雄を怯えさせるジジイなんかオレが殺してあげる。だから泣かないで。
幸雄には今まで凡夫とか二流とか酷いこと言ってごめんね。怒った?だから拗ねてオレから隠れてたんでしょ。
でももうかくれんぼは終わり。これからは幸雄を大事にするから。大事にするからもう泣かないで。」


突然背骨が折れそうなくらいの力で抱き締められた。
ヒッと思わず短い悲鳴が漏れる。生理的な嫌悪感から鳥肌は治まらない。
どうしてこうなった?ほとほと自分の甘さに反吐が出る。
自分ごときがこの悪魔から逃げ切れるわけがなかったのだ。
否たった数週間でも隠れ仰せた事さえ奇跡に近い。
初めてコイツの狂気に触れた日から逃れる術など無いと決まっていたというのに。


「好きだよ幸雄。愛してる。
幸雄になら何でもあげる。血でも腕でも金でも何でもあげる。だから二度とオレの側から居なくならないで。
幸雄が居なくなったらオレは自分でもどうなるか分からない。」


抱き締める力はますます強くなる。背骨が悲鳴をあげる。
目を閉じた。嫌悪感で怖じ気付かない様に。
生き残るためには仕方無い。十八番の言い訳を結局こんな場面でも使うはめになるとは。
いや言い訳なんかじゃない。オレは間違っちゃいないのだ。
ただ人より運が悪く人より方法を知らないだけ。
震えのあまりうまく動かない両手を無理矢理相手の背中に回した。


「オレも、愛してる、よ。」


そのまましがみついてやると相手は満足気に溜め息をついた。
オレの震えと涙が止まっていないことになど気づいちゃいない。
畜生。恐ろしくて心の中でしか言えないが。
死ぬほど大嫌いだよ、アカギ。








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