fiction.

□小説のように
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新たな契約者は、この寂れた町に唯一爵位を持つ男の娘だった。よく在る人身売買により売り飛ばされ、そのまま悪魔崇拝の儀式の生け贄とされていた。空腹で多少思考能力が欠落していたのかもしれない。
偶々目についたその儀式に惹かれ、その娘の魂と引き換えに命を救った。あの瞬間に僅かに頭に痛みが走ったのは何故だろうか。一瞬脳内に響いたあの声は…。
「ランス。…ランス?」
「っ!はい」
「どうしたの?貴方がぼんやりするなんて珍しい」
「申し訳ございません。お嬢様」
「お嬢様なんてやめてと何度も言っているでしょう?ミーシャと呼んで。婚約者をお嬢様なんて呼ぶのは変よ」
「申し訳ございません。では、今後はそのように」
私の胸に寄り添い甘えてきたのはアルテミシア。私をランスと名付け、黒ミサから救いだし契約後は屋敷へ戻り再び日常を何不自由なく過ごしている。
アルテミシアの右太股、そして私の右腕には互いに契約印が刻まれているが、アルテミシアの契約印が晒されるのは常に私との情事中のみで、着替えや湯浴びすらメイドや母親でも目にすることはなかった。

「はっ、あ、あぁっランス、んっくすぐったい」
彼女の蜜壺に深く自身を突き入れながら契約印に触れれば、こうして甘い吐息と共に手を重ねてくる。
「私と貴女を繋ぐ大事なものですので、つい」
こうして耳障りの良い甘い言葉を紡ぎながらクスリと妖艶な笑みを浮かべてやれば、ミーシャは唇を求めて首に腕を絡めてくる。ミーシャに限らず、今までの女に例外はなかった。
こうした淫行に耽って悪魔の精を流し込まれる度に快楽に身を震わせる。そして徐々に底無しの闇に堕ちていき、最後を迎える。この女との契約は酷くつまらないものだった。
『昔のような暮らしに戻りたい。そして、その中で貴方と生きて、悪魔の貴方に愛を伝えたい。その何も愛していない瞳が、生き生きとした優しい光を宿すのを見たいの』
くだらない。様は私の容姿と力を気に入ったから生きている間自分の恋愛ごっこに付き合えと、かいつまんで言えばそう言うことだ。
ならば適当に相手をし相手が確信を得たと同時に契約を完了してしまえば良い。一時的に空腹を満たすにはちょうど良い相手だ。
ミーシャとの契約もあと数ヶ月で完了する。その矢先、私との婚礼の支度のために二人で数多くの店が立ち並ぶ大通りへ出掛けた時のこと。
僅かではあるが同胞の気配を感じた。こんな至近距離に悪魔が二人も滞在しているとは珍しいこともあるものだと、ほんの些細な興味本意で気配を探った。
するとそこには、片目を眼帯で隠した年端もゆかない少年の姿があった。年の頃は11歳、いや、全体の線が細いだけで13歳かもしれない。子どもに化けているのかとも思ったがそうでもないらしい。悪魔としての気配は極微量で衰弱仕掛かっているのは直ぐに解る。
契約相手は彼の世話を恭しく焼いているあの銀髪長髪の男だろうか。だが何かが違う。
あの男が少年を見つめる眼差しは何処か暖かい。悪魔に何故あのような目を向けられるのだろうか。
「ランス!次はドレスのサイズ合わせよ。真っ白なドレスを着た貴方の妻の姿を早く見てちょうだい」
耳障りなミーシャのはしゃいだ声に、私は静かに小さな悪魔がいるその場を後にした。



町の雑踏の中ですら響いた女の明るい声に想わずその方向へ視線を向け、僕は想わず瞳を見開いた。そこには別れを告げた元執事の姿があった。着用しているのが使用人のようなものではないことや、声を弾ませていた女が嬉しそうに寄り添う様子や、互いに衣服で隠してはいるがハッキリと感じられる契約印の気配から、どうやら新たな契約者のようだ。
先程あの女はなんと言っていた?
確かヤツをランスと呼び、貴方の妻と口にしていた。
そうか、契約と言えどあいつも所帯を持つというのか。以前の僕なら笑いが止まらなかっただろう。
だがそれは、僕の執事のセバスチャンだからだ。
何処の誰かも知らない屋敷の女の男であるランス相手では、ただ虚しいだけだ。あぁ、そうか。これが失恋というものか。
「伯爵。小生は伯爵の願いを叶えるつもりだよ。どんなことをしてもね」
「それで良い。僕は、僕が願ったのは…昔のようなあいつに戻ってほしかった。あいつにきちっと魂を喰らわれたかったんだ。魂に舌舐めずりしながら本性を隠し、美学を追求しその為には手段を選ばない完璧な執事。そんなあいつに、僕は。だがもう魂をやることは叶わない。ならばせめて…その為には、僕があいつに付けた枷を壊さなければならなかった。枷を無くしたヤツは直ぐに契約者を見つけた。いずれ以前のようなあいつに戻るだろう…それで良い。それが僕の願いの一部に変わりはないのだから」
「帰ろうか。だいぶ顔色が悪い。白薔薇も買えたしね」
時折苦しくなる胸を押さえながらそう吐露する僕を抱き抱え、静かに帰路へついた。


自分でもおかしい事は重々承知している。先程からミーシャが訴えてくる声は耳に入ってはきているがそれに対し脳が対応を拒否している。
その代わりに浮かんでは消えるのはあの中性的な容姿の小さな悪魔。
大きな蒼い瞳に整ったビスクドールのような顔立ち。サラサラと流れる青みがかった髪に華奢な身体。しかし身体は痩せ干そっているようだった。恐らくあの容姿は偽りではなく本来の姿であろう。白薔薇もそんな彼によく栄えていた。甘いものと紅茶がお好きで…?
今、何かが過った。
「ランス!ランスったら!」
「っ!すみません。考え事をしておりました」
「まぁ。沢山お店を回ったから疲れたのかしら。…私が癒してあげる」
漸く聴覚と脳がミーシャを認知すれば、つかさず彼女は私の首に腕を絡めて来た。
そう、抱き抱えて移動する時だけはいつも片腕を回して私の燕尾服の上着を握りしめて…?
誰が?…燕尾服を、誰の為に着ていた…?
抱き抱えるなら、女かあるいは子ども。白い肌をし…軽くて抱えているのかどうかすら忘れてしまいそうな。
「ランス?本当に大丈夫?お茶でも頼みましょうか」
紅茶、最初は茶色い湯だと罵倒され、スイーツや料理も…すべてを完璧に…坊っちゃんの望むままに。
「ファントムハイヴ家の執事たるもの、この程度出来なくてどうします」
「え?」
寄り添いベタベタと触ってくる女を突き放し、静かに立ち上がれば深く息をつく。こんなことをして無駄に時間を消費した自分に腹が立つ。手の甲の痣がチリチリと感情に答えるように反応している。
「あぁ、すっかりお待たせしてしまいました。坊っちゃんも人が、いえ、この場合悪魔が悪いとでも言うのでしょうか」
「ランスっ、さっきから一体何を言っているの?」
「おや、私としたことが忘れるところでした」
契約者との契約は絶対。契約印を双方が持つ限り、私は契約に縛られる。私の豹変ぶりに困惑するミーシャのナイティの裾をそっと捲り、契約印が刻まれた足にゆっくりと指を滑らせれば、幾度となく抱かれた身体は直ぐに反応を見せ始めた。
「ぁ、ん、ラン、ス」
「私と貴女の契約は『昔のような暮らしに戻りたい。そして、その中で貴方と生きて、悪魔の貴方に愛を伝えたい。その何も愛していない瞳が、生き生きとした優しい光を宿すのを見たい』でしたね」
「えぇ。ねぇっ、早く私の中に貴方を入れて、いつものように激しく私の中を突いて」
太股に直に触れただけだというのに、快楽に一度流されてしまえばこうも呆気ないとは。私はこんな魂を食らおうとしていたなんて。
「残念ながらそれは出来かねます。いえ、もうその必要がないと言った方が正確なのかもしれませんね」
意味が解らないと言いたげな視線を向ける彼女には、キチンとご説明すると致しましょう。
「貴女の望み。
昔のような暮らしに戻りたい。
此方は既に叶っております。お屋敷に戻り元の自堕落で何不自由ない生活を送っておりますね。
次にその中で悪魔である私と生きて、悪魔の貴方に愛を伝えたい。その何も愛していない瞳が、生き生きとした優しい光を宿すのを見たい。と。
残念ながらこちらは契約不履行となりました。私は貴女を愛しておりませんし、未来永劫その様な事は起こりません。ということで、この契約は本日この場をもって終了です」
「ま、待って!そんなことまだ解らないじゃない。結婚だってこれから」
「私の伴侶は決まっておりますので。そしてそれは貴女ではない」
にこやかな笑みを浮かべて、ミーシャの足から契約印を剥ぎ取れば肉が裂ける音と大腿骨が上半身から離れる音が血液の匂いに混じり断末魔と共に屋敷に響いた。
最後に駆けつけてきた執事から燕尾服を奪い、残りの使用人らの返り血が付いていないかを入念に確認する。
「流石にお屋敷の支給品とは質もデザインも劣りますが、取り急ぎ此方で我慢していただきましょうか」
屋敷の窓から雪が降り積もった屋根へ飛び出れば、そのまま気配を辿る。我が主人の元へと急がねば。
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